雑学界の権威・平林純の考える科学

 世界最高のスナイパー(狙撃者)といえば、それはもちろん、「ゴルゴ13」ことデューク東郷です。何しろ、常人どころか世界中の誰にだって不可能に思える狙撃を、数限りなく成功させているのです。

 たとえば、右のシーンは、遙か先、狙撃ターゲットの屋敷にあるプールに生じる波の動きを読み、波の先に弾を反射(跳弾)させて、狙撃ターゲットに命中させた、という話です。こんな不可能を可能にすることができる存在は、ゴルゴ13以外にはありえないでしょう。

 このゴルゴ13、地球が自転することで生じる「コリオリの力」も計算に入れた上で、狙撃を行うと言われています*。地球自転によるコリオリ力というのは、赤道に近いほど(地球自転による)回転周速度が速いことから(北極・南極では周速度ゼロ)、緯度方向に移動する物体が軽度方向に対する力を受ける、というものです。 ゴルゴは、狙撃を行う際に、周りの風や重力が弾丸に対して働く影響を考えるなんて「当たり前」、地球の自転により生じる「弾丸曲がり」の補正まで行っているというのです。そこで、今回はゴルゴ13が行う超長距離狙撃に対する「コリオリ力の影響」を考えてみることにします。

 中でも私にとって印象に残っているのは、南半球から来た暗殺者と闘うストーリーの中でコリオリの力を計算に入れて狙撃することである。

ゴルゴ13は「プロフェッショナル」と呼べるのか

 ゴルゴ13は、おおよそ1km程度離れたところからの長距離狙撃を成功させます。その1km程度の狙撃を行う際、ライフルから発射される弾丸に重力とコリオリ力のみが働くとして(つまり空気抵抗を無視して)、弾丸の軌道がどのように曲がってしまうかを計算してみた結果が、下のグラフです。 ゴルゴ13が発射する弾丸の初速度は995m/sとして、左図が東京で真北を向いて狙撃を行った場合で、右図が赤道から真北を向いて狙撃した場合です(軸の単位はすべてメートルです)。グラフに描いた実線が銃弾にコリオリ力が働いた銃弾の軌跡で、点線がコリオリ力を無視した銃弾の軌跡です。

 このグラフを眺めると、銃弾が南北方向に1000メートル進む間に、鉛直方向に対して5メートル落ち、そしてコリオリ力により、東京では0.8メートル・赤道では1メートルほど弾丸の軌跡が東方向に曲がってしまっていることがわかります。…なるほど、ゴルゴ13ほどの超長距離狙撃ミッションを遂行するスナイパーともなれば、弾丸に働く空気抵抗や重力だけでなく、地球の自転・コリオリ力すら考えに入れないといけなかった!というわけです。

 ちなみに、ゴルゴ13は北半球と南半球で「弾丸の曲がりの違う銃身」を使い分けていた…という情報もあります。

 ゴルゴ13は、その話の中で北半球で狙撃を行った後、今度は南半球での仕事を請け負うんです。そのときに、銃身の微調整を銃の修理屋に依頼するんです。 その中にこの言葉が出てきます。そうコリオリの力が。結局、北半球と南半球では銃を発射したあとの弾道が逆に曲がるということでした。

コリオリの力


 しかし、これはおそらく何かの間違いでしょう。なぜかと言えば、コリオリ力が弾丸の軌跡に与える影響は、狙撃する場所の緯度だけでなく狙撃する方向にも依存しますから、「コリオリ力の影響を考えた銃身」にしようと思うと、狙撃緯度・狙撃方向に応じた銃身カスタマイズをしなければならなくなってしまうからです。…つまり、そんなカスタマイズをしようとすると、北半球・南半球に限らず、超長距離狙撃を行う際は、毎回調整をしなければならなくなってしまいます。

 それにしても、空気の動き・波の動き・重力・地球の回転・コリオリ力、森羅万象ありとあらゆる現象を考えつつミッションを遂行するゴルゴ13…凄すぎです。

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 *数時間ぶっ続けで、ひたすらゴルゴ13のコミックを読んだのですが、該当話を見つけることはできませんでした。…途中で意識が朦朧としていたせいかもしれません。

 何年も前、深夜TV番組ロケで、大きな送風機を抱えて、スカート姿に風をあてて、スカートがめくれやすい条件を調べる実験をしたことがあります。さまざまな種類のスカートに、(手で持った送風機で)さまざまな風のあて方をする…という実験を延々2時間以上しましたが、スカートを風でまくり上げるのは意外なほど難しいものでした。

 しかし、送風機の風でスカートをまくり上げるのが難しかったのは、風を横からあてていたからで、スカートの下から強風を送れば、もちろん一瞬でスカートは吹き上げられてしまいます。それはつまり、「下から風が吹くような場所」ではスカートが風でめくれやすい、ということです。スカートは、種類によって違いますが、およそ100〜350グラム程度の重さです。そんな重さのスカートを持ち上げることができる程度の風が、スカートの下方向から吹けば、風によってスカートはめくれあがってしまうことになります。

 「下方向から風が吹く」場所として、地下鉄駅のホームに降りるエスカレータがあります。地下鉄のホームに列車が近づいてくる時には、駅に近づいてくる列車が空気を圧縮し・ホーム近くの気圧を高めるため、ホーム側から(上部フロアに向かう)階段・エスカレータ通路で、上部フロアに向かう風が吹きます(参考:地下鉄の風)。この「列車風」と呼ばれる風は、条件によって異なりますが、たとえば風速5m/s程度になることがあります。それでは、スカートの下方向から吹く風速 5m/s の風がスカートをめくり上げることができるのでしょうか?

 非粘性流体のエネルギー保存則であるベルヌーイの定理を使うと、スカート下部から吹く風が「スカートを持ち上げようとする力」は、

空気の密度 × スカートに下部から風が吹き込む面積 × 風速 × 風速 / 2

で見積もることができます。空気の密度を1.13(kg/m^3)として、スカートに下部から風が吹き込む面積は(ヒップ90cmの女性で見積もると)0.06(m^2)程度でしょう。そして、ホームに向かうエスカレータに吹く列車風が5(m/s)とすると、

「スカートを持ち上げようとする力」=1.13× 0.06 × 5 × 5 / 2 = 0.85 (N)

になります。0.85 (N = ニュートン)ということは、0.85 (N) / 0.98 = 0.86kg重=86グラムのものを持ち上げるのと同じ大きさの力ということですから、重さ86グラムのスカートであったなら、ホームに向かうエスカレータ通路に5m/sの列車風が吹くとスカートがめくれあがってしまう、ということになります。とはいえ、スカートの重さは、冒頭に書いたように100〜350グラム程度ですから、重さ86グラムのスカートは「素材が非常に薄く軽い特殊なスカート」ということになります。だから、普通のスカートであれば、この程度の風では、スカートがめくれる可能性は低いわけです。

 しかし、スカート女性がエスカレータを急いで電車に乗ろうと駆け下りていたりすると、話は大きく変わります。たとえば、女性がでエスカレータを駆け下りていて、下りエスカレータ速度と駆け下りる速度が加わり(下りの速度が)秒速1m程度になった場合には、この1m/sが風速(5m/s)に足し合わされることになり、

「スカートを持ち上げようとする力」=1.13 × 0.06 × (5+1) × (5+1) / 2 = 1.2 (N) = 0.12 kg重

となり、重さ120グラム程度の(結して珍しくはない)スカートがめくれあがってしまうようになるのです。

 ちなみに、空気の密度は「高気圧で気温が低くて湿度が低い」時に重くなります。たとえば、1気圧・気温40 ℃・湿度0%の空気の密度は1.13 kg/m^3ですが、気温が0°まで下がると、密度は1.29 kg/m^3になります。また、気圧が5%高くなれば密度も5%高くなります。…そうした条件がすべて加わると、つまり「涼しく晴れた高気圧の温度が低い朝の地下鉄駅で、下りのエスカレータを(遅刻をしまいと)ドジっ娘が駆け下りる」状況で計算すると、

「スカートを持ち上げようとする力」=1.29 × 0.06 × (5+1) × (5+1) / 2 × 1.05 = 1.5 (N) = 0.15 kg重

となり、重さ150グラム程度の平均的な薄手スカートがめくれあがってしまう!ということがわかるのです。

 さらに言えば、列車風は「上り・下りの両ホームに同時に列車が進入してきて、その列車がどちらも(その駅には止まらない)通過列車だった」という時に、最大風速を記録しそうです。ということは、駅に止まらない通過列車がある地下鉄副都心線の(大きくない)駅などが、エスカレータ通路にスカートがめくれやすい風が吹く「スカートめくれの危険スポット」ということになります。

 計算してみると色んなことがわかる!というわけで、今回は「風でめくれるスカート」を科学してみました。「涼しく晴れた朝の地下鉄駅をドジっ娘が走る」とスカートが必ずめくれる!?くらいの力が生じてしまうのです。

 麻雀マンガ「バード」第2巻「雀界天使vs天才魔術師編」で、主人公の対戦相手である雀界天使 美人姉妹が、麻雀牌の背面(白い無模様の側)に「反射光が偏光するような塗料」で模様を付けておき・相手の麻雀牌の手を透視してしまう!というワザを使っていました。

 光は電磁波の一種で、電磁波は「電場と磁場が互いに生じさせる波」です。その振動方向が特定方向のみに「偏っている光」を偏光と呼びます。私たちの目は、実は光が偏光している方向を見る・知ることができます(参考:ヒトは電磁波の振動方向を見ることができるか?)。たとえば、液晶ディスプレイから発せられる光は偏光しているので、真っ白な画面を液晶ディスプレイに映し出すと、ハイディンガーのブラシ “Haidinger’s Brushes”と呼ばれる黄色がかった(2方向に延びる)放射状模様を眺めることができます。ハイディンガーのブラシの放射模様は偏光方向と対応しているので、私たちの目は光(電磁波)の振動方向を眺める・知ることができる、というわけです。

 さて、問題は「バード」で雀界天使 美人姉妹が使ったワザ、麻雀牌の背面(白い無模様の側)に「反射光が偏光するような塗料」で描いた模様を識別するというテクニック、…それは一体可能なのか?ということです。人の目は、ハイディンガーのブラシを介して「偏光」を眺めることができます。しかし、だからといって、偏光状態が異なる「細かい模様」を識別することができるわけではありません。

 ハイディンガーのブラシは、網膜黄斑部の繊維組織および色素が配列方向性があり、直線偏光に対して異方性(偏光方向成分に応じた光吸収差)を持つことによって生じます。そして、ハイディンガーのブラシは比較的「一様な偏光」が網膜にあたることで生じます。生じるのは、 網膜黄斑部の中心窩を中心とした2.5°程度(視角にすると1°程度)の範囲です。逆に言えば、その程度の範囲に対して「偏光状態が一様」でないと、ハイディンガーのブラシを見ることはできない、ということです。そしてまた、私たちが眺める場所を変えることで、その眺めた場所の偏光特性を知ろうとしても、視角にして1°程度の分解能でしか(その場所の)偏光特性を知ることはできないのです。

 麻雀牌の背面(白い無模様の側)に「反射光が偏光するような塗料」で描いた模様を識別しようとした場合、麻雀卓を囲む相手、例えば対面(といめん)の麻雀牌は、麻雀卓が70cm角程度ですから、およそ1メートル先にあります。そして麻雀牌の大きさは、およそ 26mm×20mm程度で、そこに描かれた模様を知るためには、3mm程度の細かさを識別する必要があります。

 これは、視角にすると0.17°に過ぎません( 視角=360/π×ArcTan( 0.3 / 100 / 2 ) )。つまり、残念ながら、そんな細かい模様をハイディンガーのブラシを介して識別することはできないのです。

 というわけで、今回は、ちょっとエッチな麻雀マンガ「バード 雀界天使vs天才魔術師編」の美人姉妹が使った麻雀裏テクニックを科学してみました。その結果は、「残念ですが、そのテクニックはちょっと無理・実現不可能」…となりました。