雑学界の権威・平林純の考える科学

 『「教室の黒板を夕日が照らす」のは「マンガの中だけの話」です!?』で紹介した(明治時代の文部省が”学校はこのように建築すべし”と示した指導書である)「学校建築図説明及設計大要」を眺めていると、こんな興味深い「学校のトイレの(便器)数に関する決まり」が書かれていました。

便所ト生徒ノ割合 左の如シ
男:大便所 3個・小便所4個
女:大便所5個
(個数は生徒100人あたり)
 あなたが通った・通っている学校のトイレも、大・小便器の数を(思い出しつつ)数えてみれば、大体これと同じくらいの数だったのではないでしょうか?

「学校建築図説明及設計大要」の便器数ルールの「とても興味深く・面白いこと」は、実は、この指導書が発行さられたのは120年近く前の明治28年(1895年)であるにも関わらず、空気調和・衛生工学会が1983年に報告書として示した「衛生器具数の設置個数の決定」と(完全にといって良いほど)同じである、ということです。

 たとえば、INAXの「小・中学校トイレの適正器具数の算定法について」に掲載されている空気調和・衛生工学会が示す「適正便器数」のグラフを眺めてみましょう。

 すると、明治28年に出された「学校建築図説明及設計大要」が定める便器の数は、空気調和・衛生工学会による「衛生器具数の設置個数の決定」の中でストレスを最も小さくした場合(待ち時間:大便器30秒/小便器15秒)と、なんと完全に一致するのです! 120年前の明治時代に示された「学校建築図説明及設計大要」、つまりは、それを記した山口半六・久留正道らの「まるで予言のような先見性・その正確さ」に心から驚かされます。

 明日から、学校やオフィス、デパートや劇場…(人が集まる)さまざまの建物に行った時には、試しに便器の数を数えてみるのはどうでしょう? たとえば、その便器数が空気調和・衛生工学会が示す「適正便器数」になっているかどうか確かめて・納得してみたり、あるいは、トイレの「待ち時間」が何秒かを計ってみるのです。 そして、「学校建築図説明及設計大要」の待ち時間(大便器30秒/小便器15秒)との時間勝負をしてみたりするのです。 そうすれば、イライラ・モジモジしがちなトイレの待ち時間も…少しは楽しむことができるかもしれません!?


 

関連記事:『法律が決める「トイレの数」は男女不平等だった!?』には、オフィスに備え付けられるべき「トイレの数」を定めた「決まり」のヒミツ・ナゾが書いてあります。

 「教室の黒板を夕日が照らす」のは「マンガの中だけの話」です!?で、「窓は南側・教壇は西側になる」ように(特定用途の教室でない)普通教室は作られている…という「教室・窓の向きの決まり」を書きました。 「普通教室」という断り書き(ことわりがき)をつけた理由は、特定用途の教室は普通教室とは違う向きになるように作られることが多いからです。

 普通教室とは違う向きに作られる「特定用途の教室」は、たとえば美術室です。 美術室は「北側に(も)窓が面するように作られ、(美術室の)教壇は部屋の東側に位置するように作られる」ことが多いのです。 窓の向きも・教壇(黒板や机)の向きが、(窓は南側・教壇や黒板は西側になる)普通教室と(北側に窓があり、教壇や黒板は東側というよう)美術室では逆向きになるのです。

 なぜかというと、美術教室の南側に窓があり、その窓から太陽の光が強く差し込んでしまうようなことがあったとしたら、絵を描いている最中に(窓から差し込む)光が刻々と変わってしまい、絵を描くことが難しくなってしまうからです。 だから、美術室は、(刻々角度を変えたりすることがない)落ち着いた光の中で作業ができるよう、直接太陽の光が差し込むことのない「北側の窓」から柔らかな光を取り入れるように作られているのです。 そして、「北側の窓から差し込む光が、生徒が文字を書く右腕で遮られ(日本人の約9割が右利きなので)て、生徒の手元が暗くなることがないように、教壇が”東”側に作られる(ことが多い)」というわけです。

 美術教室の教壇・黒板は(教室の)東側に設置される…ということは、美術室の黒板は夕日の光に照らさせることが多いような配置で作られることが多いのです。 「夕日が(今日の”日直”の名前が書かれた)教室の黒板を照らす」というマンガでよく描かれそうな風景は現実には(あまり)存在しない風景です。 しかし、「美術室の黒板」は(美術室の教室が南北両側に窓があれば)夕焼けの太陽に照らされるような配置で作られます。

 たぶん、あなたが通った「学校の美術室」は校舎の最も西側に(あるいは北側に面するように)作られていて、そして教壇は(普通教室とは逆向きの)東の方角に作られていたのではないでしょうか。 …それも、太陽の方向と右利きの人が多いという理由から必然で作られる「配置」だったのです。

 「夕日が(今日の”日直”の名前が書かれた)教室の黒板を照らす」という風景は、マンガなどでよく描かれそうなノスタルジックな景色です。 …しかし、そんな「夕日に照らされた黒板」は、現実には(あまり)存在しない風景です。 なぜなら、学校の(多くの)教室は、黒板に夕日が当たることがない向きに作られていることが多いからです。

 100年以上前の明治28年、当時の文部省が「学校建築図説明及設計大要」というものを発行しました。 これは、学校を作る際には「こういう風に作りなさい」という指導書です。 この「学校建築図説明及設計大要」では、(特殊な教室でない)普通教室について、次のように「教室・窓の向き」が決められています。

 教室ノ形状ハ長方形トシ室ノ方法ハ南又ハ西南、東南トシ凡テ光線ヲ生徒ノ左側ヨリ採ルヲ要ス。

わかりやすく書けば、「教室は長方形で、おおよそ南(西南〜東南)に窓が向くようにし、生徒の左側から光が入る配置になる「教室の前」にすべし、という決まりです。つまり、
  • (北半球の日本では、昼間は太陽の光が南側から差すから)太陽の光が教室を明るく照らすように南側に窓をもうける
  • 窓から差し込む光が、生徒が文字を書く右腕で遮られ(日本人の約9割が右利きなので)、生徒の手元が暗くなることがないよう、教壇は西側にもうけること
という決まりです。 日本が北半球にあって、昼に授業がある学校が多く、さらには、日本人には右利きが圧倒的に多い…ということから導かれる、これは実に論理的な建築設計指針です。

 教室を照らす「あかり」が窓から差し込む日の光だった時代、教室の窓は南向きで、黒板は教室の西側に設置されていました。だから、西の方角から差し込む夕日が「教室西側にかけられた黒板」を照らすことは、(普通は)ありえない風景でした。夕暮れが朱く染めることができたのは「教室後ろの(東側の)壁」だけだったのです。

 もちろん、今では教室を明るくするのは日の光だけでなく、電気照明も多く使われています。 だから、最近発行されている学校施設整備指針には、「教室の窓は南向きで、生徒の左側から光が入る配置にすべし」といった文言は書かれていません。 それでも、今も多くの教室の窓は南向きで・生徒の机が西を向くように作られています。

 「教室の黒板を夕日が照らす」のはマンガの中だけの話…と書くとおおげさかもしれません。 しかし、多くの場合、夕暮れの太陽が朱く染めるのは、教室の前に位置する黒板ではなく、教室の後ろの壁です。 ためしに、あなたも目を閉じて…小・中学校の夕暮れの教室を思い出してみて下さい。 赤く染まっていたのは、教室の前の大きな黒板でなく、後ろの小さな黒板ではなかったでしょうか?

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