雑学界の権威・平林純の考える科学

 ツール・ド・フランス 2013が開幕しました。6月29日〜7月21日の約3週間をかけて、山あり谷ありな約3,400kmを走り抜く、フランスで開催される自転車レースです。

 ツール・ド・フランスに関するビデオを観ていると、このレースを走り抜くために必要なエネルギー量を試算した結果が示されていました。コースが日によって違うため、もちろん日によって必要エネルギー量は変わりますが、平均6750 kcal/日でトータル141666 kcalだというのです。…今回は、この選手達が行う運動の量を「実感」してみることにします。(関連資料:小島よしおのツール・ド・フランスに挑戦!

 たとえば、昨年のツール・ド・フランスの優勝タイムは87時間34分47秒です。 この時間で、トータル141666 kcalの運動を選手たちがしたということは、選手たちの仕事率(時間あたりに行った仕事量)を計算すると1880 ワットに相当します(80W程度の基礎代謝分は含まない計算です)*。
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追記* …このトータル141666 kcalは「消費カロリー」で、最終的に選手が「自転車を走らせる」ために使われるエネルギー量ではありませんでした。

 人の身体の熱効率がどこかで抜けてるんじゃないでしょうか。今の競技用自転車には出力計なるものを装備する事が可能で、それによるとツールドフランスに出場するレベルの選手が1時間持続可能な出力は350W程度とされています。

@ma_molさん
 つまり、選手の筋肉が行った仕事の4/5くらいは「自転車を漕ぐ」ためには使われていない…ということのようです。 ———————————–

 この1880 ワットは一体どのくらいのものかというと、たとえば私たちの身の回りにあるエアコンで言うと、ちょうど40畳用くらいを冷やす能力があるエアコンが使う電力に相当します。つまり、自転車に発電機を取り付けた「自転車発電機」にツール・ド・フランス選手を乗せて、レースのごとく頑張ってペダルを回してもらえば(申し訳なくも”冷やしたい部屋”の外側で…)、40畳エアコンを動かし続けることができる、というわけです。自転車発電は、実際やってみると100Wくらいでも結構大変ですが、選手たちはその20倍近く可能…というのは何だか信じられないくらいの数字です。

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追記* …「選手たちはその20倍近く可能…というのは何だか信じられないくらいの数字」なのも当たり前で、「ツールドフランスに出場するレベルの選手が1時間持続可能な出力は350W程度」ということですから、「普通の人の6倍くらいの凄さ」ということになります。それでも、十分すごいものですね。 ———————————–

 そして、この運動を支える1日平均6750 kcal のエネルギーは、 ラーメン二郎の大ラーメン3杯分に相当します。…つまり朝昼晩の3食ともラーメン二郎でガッツリ食べなければならないくらいの運動を、ツール・ド・フランスの選手たちはしているということになります。

 朝昼晩にラーメン二郎の大を食べ、(5人いたら)40畳エアコンを動かし続けることができるツール・ド・フランス選手…凄いですね。

 知識検索エンジンWolfram Alphaは、有名人や有名キャラクターたちの顔や姿といったさまざまな画像を「手書きイラスト風の曲線(数式)」にすることができます。それは、顔や姿を描く線を三角関数をパラメータとして表現するフーリエ記述子と呼ばれるテクニックで実現されています。(参考:「初音ミクやアラレちゃんを描く曲線」を作るテクニックの秘密検索エンジン Wolfram Alpha が作り・表示する各種の「曲線」の裏側

 フーリエ記述子で描画線を表した場合、言い換えれば曲線のパラメータをフーリエ級数で表現した場合には、鋭く曲がる線は苦手(高次数までのたくさんの項が必要とされる)です。そこで、「Wolfram Alpha同様のフーリエ記述子テクニックを使って、鋭い顔・姿を描くと果たしてどうなるか?」を試してみることにしました。…モデルは、もちろん世界一の鋭利な顔を持つ”カイジ”です。

 まずは、贅沢に180次の高次項まで使い、フーリエ記述子で表現してみたのが、この180次”カイジ”です。勝負の緊張・不安に襲われてはいるようですが、

止め処ない不安。
底知れぬ恐怖。
…オレは、それでも考え続ける!

的なカイジです。

 さて次は、50次項までで表現したカイジです。持ち金ならぬフーリエ級数の使用次数が足りなくなってくると、かなりプアー(貧しく乏しい)なカイジになっています。

…オレは!
どこでオレは間違えた?
限りない不安の嵐に押し潰れそうだ…!

なカイジです。

 そして、最初の約1/10、20次項までで描かれた20次カイジは…もう勝負も決し、カイジの中で何かが崩れ落ち・顔面が溶け始めています。そそり立ち鋭かったはずの鼻も、なんだか鼻高ガイジンさん変装グッズみたいです(あと、しりあがり寿のテイストも12パーセントくらい混じってます)。
 さらに(その右に貼り付けた)8次項までだけの8次カイジは、かすかに自慢の鋭利な鼻の片鱗がありますが、もうカイジには全然見えません。しかし、それと同時に、何だか現代美術の巨匠がサラサラと描いた…と言われても納得しそうなモダンアートな8次カイジになっています。

 このカイジを「さらに進化させた」のが、4次項までの4次表現カイジです。ここまで低次のみになると…もう、これは原始生物かエンドウ豆か何かにしか見えません。太古、すべての人類は、こんなミジンコ類似な生物の子孫だったのだ!的なカイジです。…いや、もうカイジではないですし、 これは「さらに進化させた」どころか「果てしなく退化させた/先祖返りした」状態です。金ならぬフーリエ表現次数が減ると…もう人間ですらないのです…。

ギャンブルを打つ者にとって
金は寿命!

博黙示録カイジ 1巻

 そして最後が、右に貼り付けた、1次の項だけで表現した単純1次のカイジです。「元始、全人類・全てのものは原子であった」的な存在になっています。…しかし、よくよく眺めると、こんな単純な存在まで遡っても、カイジ自慢の鋭い鼻の片鱗が残っていることが凄い!的なカイジです(もうすでにカイジじゃないですが…)。

 …こんな風に、マンガの図柄を数式で表された曲線にしてみると、マンガ化の絵柄の違いがわかって面白いかもしれません。たとえば、カイジは180次まで必要だけど、丸っこい絵柄の手塚治虫は10次までで十分だとか、ドラえもんは3次で十分だけど、スネ夫は(特に頭部は)80次の高次の項まで必要だとか…そんなマンガ図柄の特徴が見えてくるかも?…しれませんね。

 プロ野球の「統一球(低反発球)」が、昨年まで使われていたものと今年使われているものが違う、というニュースになっています。 一昨年・昨年と反発係数が0.410程度だったものを今年は0.416にしていた…そして、その結果として今年はホームラン(本塁打)数が格段に増えていた!という話です。たとえば、2011年は939本・2012年は881本だったものが、5月下旬段階でシーズン換算で1286本相当だったというのです。

 ところで、ほんの1.5パーセント程度の反発係数の違いが本塁打数にして900本強と1300本弱の違いを生む…と聞くと、ちょっと不思議に感じられるのではないでしょうか?この「わずかな反発係数の差」が「ホームラン数では一目超然」になるヒミツを考えてみることにします。

 反発係数が1.5パーセント違うということは、打球の速度が1.5%違います。反発係数が低い旧統一球に比べて、反発係数が高い(今年の)新統一球は1.5%打球速度が速くなります。それは、100cmの高さから落とした時の速度でほんの1.5cmの違いに過ぎませんから、ごくわずかな違いに思えます。さらに考えると、打球の飛距離は、大雑把に言えば、打球初速度の2乗に比例します。すると、新統一球にしたことで、打球飛距離は3パーセントほど伸びることになります。ただし、実際には「2乗に比例」より小さくなるので、およそ2パーセント程度の飛距離の延びが期待されます。…打球の飛距離が2パーセント程度延びるだけで、一体、年間本塁打数が900本強から1300本弱へと大幅に増えるものでしょうか?

 その答は「YES」です。打球の飛距離が少し伸びると、ホームラン数は急激に増えるのです。 たとえば、打球の飛距離は正規(ガウス)分布に従うものとしてみます(それほど変な仮定ではないでしょう)。 一昨年・昨年の打球飛距離と今年の打球飛距離の分布(年間本数)を模して描いたみたのが右のグラフです。 これは「一昨年・昨年の打球飛距離より今年の打球飛距離は平均値にして2メートル長い」「それぞれの正規分布の拡がりは(比率で)同じ」として描いてみたものです。 この飛距離分布を眺めただけでは、まだ「たいして変わりがない」ように見えることでしょう。

 しかし、次に「○×メートル以上飛んだ打球の数」をグラフにしてみると、その様子がずいぶんと変わります。たとえば、「110メートル以上の飛距離打球=ホームラン」としてみると、 新統一球の分布では1286本(今シーズン年間通算換算数)となり、旧統一球分布では910本(2011年、2012年の平均値)となります。つまり、3割近くもホームラン数が増えるのです。

 これは、例えるなら「9秒台で走ることができる人」は数十人しかいなくても、「10秒台で走ることができる人」は数百人いて、「11秒台で走ることができる人」は数千人いるというようなものです。飛距離分布が正規分布(あるいは似たような形の分布)に従うのであれば、ほんの少し飛距離が伸びると(基準が緩まると)大幅にホームラン数は増えるのです。

 ちなみに、上の2つのグラフは、一昨年・昨年・今年のホームラン数から連立方程式を作り・解くことで打球飛距離の正規分布を求めてみたもので、旧統一球を打ったときの打球飛距離分布は平均飛距離が68.0メートル・標準偏差は19.6メートルというものでした(新統一球はこの1.02倍です)。「打球の平均飛距離がセカンドとセンターの間くらいに相当する 」なんていう「答え」が旧統一球と新統一球のホームラン数差から浮かび上がる…(どれだけホントに近いかはわかりませんが)というのも面白いと思いませんか?