17世紀オランダの画家、ヨハネス・フェルメールが描いた「真珠の耳飾りの少女」は、美しい少女が口元に微かな笑みを浮かべるように見えるさまから「北方のモナリザ」とも称される名画です。オランダのデン・ハーグのマウリッツハイス美術館が所蔵する「真珠の耳飾りの少女」は、日本でも人気高いフェルメールの中で、最も愛されていると言っても過言でない名画です。現在では「真珠の耳飾りの少女」と呼ばれているこの作品ですが、少女が身につけている「耳飾り」は、実は「真珠じゃない」というのが定説です。
この絵を所蔵するマウリッツハイス美術館も、「少女が身につけた耳飾りの大きさ(天然真珠にしては異常に大きい)」や「歴史背景(大きな天然真珠はフェルメールがモデルに身につけさせることができないような非常に高価なものだった…等)」といった理由を挙げて、以前から「おそらく、当時流行っていたヴェニス製の安いガラス製真珠風耳飾りだろう」と報告していました。マウリッツハイス美術館が「真珠の耳飾りの少女」という名前を使うようになったのも1995年以降で、それ以前は 「ターバンの少女(Girl with the Turban)」と呼ばれたり、「少女の顔(”Girl’s face”)」といった名前で呼ばれていました。「真珠の耳飾りの少女」と正式に名乗り始めたのも、(同名の映画が公開されたこともあり)この名前が広まったのも、実はごく最近のことです。
昨年12月には、オランダのライデン大学教授であるVincent Icke(理論天文学専攻)が、科学誌”New Scientist”に、耳飾りが周囲の光を反射するさまを、本物の真珠球やそうでないものを用いて比較実験を行った結果から、フェルメールが描いた耳飾りは「ガラスやスズ製だろう」と結論づけて います。実際、この少女が身につけている耳飾りを眺めて、耳飾り本体の色に比べて(斜め左上から当たる光や下方のさまを反射する)反射光が強すぎて「真珠っぽくない」と感じていた人は多いと思います。Ickeはそれを実験的に検証した上で報告を行ったのです。このVincent Ickeの研究報告を受けて、マウリッツハイス美術館は「真珠の耳飾りを”付けていなかった”少女?」 という紹介・解説(以前から紹介していたように、少女が身につけているのは”本当の真珠”ではないんですよ。面白いでしょう?…という)記事も書いています。
「真珠の耳飾りの少女」が身につけている耳飾りは「球形状」ではなく「ティアドロップ形状」です*。フェルメールは、この耳飾りを他の絵画中でも何回も描いています。フェルメールが絵を描く際に用いた「耳飾り」を眺めていけば、あぁこれはガラス製か何かの(半透明の真珠風)耳飾りなんだ…ということがわかるかと思います(参考:この記事下部に他8点のフェルメールが描いた”耳飾り”が挙げられています )。
卓越した描画力を持つフェルメールが、真珠風の装飾具の見え方を忠実に描き出したことで、本物の真珠とイミテーションの違いも浮かび上がっていてるんだと考えつつ、名画を眺めてみるのも楽しいかもしれません。
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右に貼り付けた画像は、新潟県工業技術総合研究所の阿部 淑人氏が、「フェルメールが描いた少女が、ティアドロップ形状のガラス製耳飾りを付けていたら、どんな風に見えるかを試しにレンダリングしてみた」コンピュータグラフィック画像です。青と黄色のターバンのように、エキゾチックでミステリアスで、何だかとても魅力的ですね。
クリスマス・年末・新年会…シャンパンやビールを片手に立食パーティなどに参加する機会も多い時期です。話をするのが苦手だったりすると、そんな場は「手に持ったグラスを眺め、ただ飲み続ける時間」になったりします。けれど、それはあまりにもったいなさ過ぎる!というわけで、手に持ったグラスを眺める時間を新鮮で楽しい発見・研究タイムに変身させる「役立つ知識」をご紹介します。
まずは、シャンパンをグラスに注ぎ、乾杯を終えたら、グラス中に昇る泡の動きを観察しておきましょう。そして、しばらく時間が経った後、もう一度、泡の動きをよく観察してみて下さい。…すると、シャンパンがグラスに注がれた当初は「たくさんの速い大きな泡が立ち上っていた」はずなのに、時間を経た後には、いつの間にか「小さめの泡が何列かに整列し、ゆっくり歩調を合わせて昇っている」ことに気づかされるはずです。
しかも、自分のグラスだけでなく、周りの人たち(が手に持つグラス)の観察を…さも人を探しているかのように…観察してみれば、さらに面白いことに気づくかもしれません。それは、女性たちが手にするグラスの方が「小さめの泡が何列かに整列して、ゆっくり歩調を合わせて昇っている」という現象がより進んでいる、ということです。なぜ、そんな男女差が生じるのでしょうか?
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まず、シャンパンの「泡が上に浮かび上がっていく速度」や「泡の大きさ」について考えてみましょう。
泡が上に浮かび上がっていく速度は、泡の浮力と(浮かび上がろうとする泡を押し留める)抗力で定まります。
浮力は(泡が水を押しのける)体積=粒径の3乗に比例して、抗力はおよそ粒径の2乗に比例するので、結果として、粒径が大きいほど速く上に昇っていきます。また、シャンパングラスの壁面(に付着した繊維・微小片)で生み出された泡は、昇っていく過程で次第に大きくなっていきます。それは、シャンパンに溶け込んでいた二酸化炭素が(シャンパンから放出され)泡に合わさっていくからです。そのため、結果的に、グラス下部で生まれた泡は、泡の粒径を大きく成長しつつ、上昇速度を速めながら上に昇っていくことになります。…これが、シャンパンをグラスに注いだばかりの当初の状態です。(参考:立ち上る泡の間隔や、時間をおって変化する泡の粒径や、泡の粒径と上昇速度の関係ーSparkling Wine, Champagne & Co – Part 3から )
(画像はSparkling Wine, Champagne & Co – Part 3から )
注がれたばかりの時は、シャンパンにはたくさんの二酸化炭素が溶け込んでいます。だから、グラス下部で生まれた小さな泡は上昇するにしたがい、(封が開けたことで、密封下よりも低気圧下に置かれた)シャンパンから放出された二酸化炭素を含んで(まるで桃太郎が仲間を増やしていくかのように)成長して、泡は大きくなり・上昇速度を上げていきます。
しかし、グラスにシャンパンが注がれてから時間が少し経った後には、シャンパンに溶け込んだ二酸化炭素の量が(温度や圧力に応じて溶け込むことができる量を基準にすると)減少しています。そのため、グラス下部で生まれた小さな泡は、上昇する中で粒径がそれほど大きくならずに、浮力と抗力が均衡する終端速度に達して・速度を変えないままで上昇していきます。つまり、グラス下部から上部まで、同じ程度の大きさの泡が、速度も泡の間隔もほぼ変わらないままに綺麗に並んで浮かび上がっていくことになります。
この「シャンパンをグラスに注いでしばらくすると、小さめの泡が何列かに整列して、ゆっくり歩調を合わせて昇るようになる」という現象、実は「女性のグラスほど早く出現しやすい」のです。なぜかというと、シャンパンに溶け込むことができる二酸化炭素の量は女性のグラスの方が多く、シャンパンから二酸化炭素が放出されにくいため、比較的小さな粒径の泡で平衡状態となるのです。
それでは、シャンパンに溶け込むことができる二酸化炭素の量が女性のグラスの方が多いのは一体なぜか?というと、女性は口紅などを付けていることが多く、口紅などは界面活性剤を含んでいて、シャンパンに界面活性剤の成分が溶け込むと、シャンパンに対する気体の溶解度が増大します(参考:The Solubilities of gases and surface tension, H.H. UHLIG, MIT, 1937)。その結果、温度や圧力に応じて溶け込むことができる量を基準にすると、女性が手に持つシャンパン・グラスの泡は大きく成長しにくく、小さな泡が等間隔で綺麗に並び、美しく鈴なりになり上昇していくことになるのです。
…といったことを知っていれば、「ひとりグラスを眺める気まずく寂しいパーティー・タイム」も、新鮮で楽しい科学実験の時間に変身します。あるいは、テーブルに置かれたグラスを見れば、その泡の動きを手掛かりに、グラスの持ち主「性別」を推理することができたりします。…自分のグラスがどれだかわからない時、誰のものかわからないグラスを
飲もうとする時、科学知識を駆使すれば、男性同士の(シャンパン・グラス越しの)間接キッスを防ぐことができる…というのが今回の豆知識です。
“中2病”という言葉で呼ばれる妄想爆発の中学2年生、そんな多感な彼らの「突拍子のない妄想」を実現させるための実験サポートをしてみました(ヨルスパ!妄想ガキレオ!〜中2の方程式〜 )。
サポートした妄想内容はズバリ、
「走った風でスカートめくりできるか?」
です。まさに、中2男子が10人いたら10人全員が頭に思い浮かべたことがあるはずの「妄想」です(参考:
中学2年生の妄想を実験!野爆・川島「童貞に戻った気分」 )。
軽い材質のスカートなら、秒速7〜8メートルの風が吹けば、計算上はめくれあがります(「風でめくれるスカート」の科学!「涼しく晴れた朝の地下鉄駅をドジっ娘が走る」とスカートは必ずめくれる!?の法則 )。つまり、100メートルを十秒台前半で走るくらいの俊足スプリンターくらいの速さの風を起こすことができれば、スカートをめくることができるわけです。
…しかし、たとえ妄想中2男子が俊足スプリンターだったとしても、スカートをめくり上げるような速度・向きの風を起こすことができるものでしょうか?
そして、スカートをはいた女子の周りを「どのように走り抜ければスカートをめくる風を生み出すことができる」のでしょうか?
よくある予想は「力一杯走れば、前方に(前に向かって吹く)風が生まれるはずだから、女子の足下近くを上方に向かって吹き上げるような方向に走り込む」という考え方です。(わたしのリサーチによれば)100人中100人近くが「これが正解じないか?」と予想する考え方なのですが、しかし、実はこの予想は全くの大間違いです(走り方としてもかなり無茶苦茶に不自然な走り方です)。
まずは、走る人の周りにできる空気の流れ、流体シミュレーションで計算してみた結果を眺めてみましょう。
流体シミュレーション結果を眺めれば、「おぉ!?走るスプリンターの前には、ほとんど風なんか吹いていないぞ!?」と驚きの声をあげるはずです。そう、走り込む人の前面では圧力が高まりつつも・実はスカートをめくりあげるような風はほとんど吹かないのです。なぜかというと、人が力一杯走っても、体前面の空気はただ周りへ逃げるだけで、スカートを前(や上)に押すような空気流は生み出されないのです。…しかし、その一方、力一杯に走る中2スプリンターの背後を眺めてみると、スプリンターの背中あたりに空気が渦巻き・場所によってはスカートを上にめくれあがらせるような上向きの空気渦が生み出されていることがわかります。
意外なことに、そして何より面白いことに、「スカートをめくることができる条件の風が吹くのは、走る人の前面ではない」のです。実は、走り方(位置やタイミング)をちゃんと考えて・実行すれば、自分の背後に「(スカートをめくることが可能な程度の強さの)上向きの風を吹かせることができるのです。たとえば、スカートをめくりあげたいのであれば、そのスカートの高さが自分の背中の高さと同じくらいになるように(走るポーズを)考えつつ、力一杯走り込めば、スカートをフワリと空に浮かべあげることができるわけです。…もちろん、走り方を自分たちにできる範囲の工夫をすれば、たとえば仲間の力を合わせて横に並んで走ってみたり・あるいは縦に並んでタイミング良く走ってみたりすれば、その威力はさらに2倍・3倍と倍増します(下の画像は、そういった仲間パワーを中2病的に妄想炸裂させたシチュエーションプレイな”スカートめくり”流体シミュレーションを行った計算例です)。もちろん、これはあくまで計算上の話で、本当に中2の妄想男子たちが、自らが走り生み出した風でスカートをめくりあげることができるのか?は…これまた別の実装上の問題です(その答えは1月4日(日) 深夜1:50~2:45明らかに?)。
…というわけで、「走った風でスカートめくりできるか?」を力一杯追い求めれば…意外なものが見えてきます。それは、たとえば、力一杯走ってみれば(原理状は)走った風でスカートめくりができる。けれど、それは走る自分の前面ではなく、自分が見ることができない(自分の)背後だ!ということがわかったりします。たとえ、始まりは単なる妄想だったとしても、それを真剣に願い努力を続けたら、いつか「走った風でスカートをめくることだってできる」というのは感動的なことのように思えます。そして、スカートをめくることもできるけど、そのさまを自分自身では(自分の背後のできごとだから)見ることができない…というのも、何だかちょっと普遍的に当てはまりそうな事実のように思えたりします。「走った風でスカートめくりできるか?」を力一杯追い求めれば…意外なものが見えてきます。