仕事をしていると、時に「デスマーチ」と呼ばれる時期を迎えることがあります。それは、「○×が動かなくなり、今も復旧していません!」とか「△□にバグが見つかりましたが、解決策は全く見つかっていません!」とか、さらには「もう全然どこも動いてないです!」といったアナウンスが15分おきくらいに流れ続けるような状況です。そんな時、脳内で「クラリネットをこわしちゃった」が流れる人も多いと思います。ドとレとミとファとソとラとシの音が出ない…それなら一体どんな音が出るんだ!?という恐ろしい状況です。
ドとレとミとファとソとラとシの音が出ない。
ドとレとミとファとソとラとシの音が出ない。
…どうしよう…どうしよう。
オ−、パッキャマラド、パッキャマラド、パオパオ、パンパンパン!
オ−、パッキャマラド、パッキャマラド、パオパオパン!
まるで地獄に向かって軍隊が行進していくような、それはまさにデスマーチを連想させる状況を歌う「クラリネットをこわしちゃった」…実は「軍歌」だったことをご存じでしょうか。
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「クラリネットをこわしちゃった」は元々フランスの歌曲で、そのオリジナルは19世紀初頭に生まれた”Chant de l’Oignon “という軍歌だとされています*。つまり、ナポレオン・ボナパルトがフランス皇帝となる前後、ヨーロッパ各地をフランス軍の兵隊たちが進んでいく時代に生まれた軍歌です。だから、「ドとレとミとファとソとラとシの音が出ない」…という「全然何も動かない!」という問題続出で悲惨な状況をが語られた後、その後に歌い上げられる歌詞「オ−、パッキャマラド、パッキャマラド、パオパオ、パンパンパン!」という陽気な歌詞は、実はこんなフランス語です。
Au pas(歩け・足を進めろ), camarade(さぁ仲間たち!),
Au pas(歩け・足を進めろ), camarade,(さぁ仲間たち!)
Au pas(歩け・足を進めろ),
au pas(歩け・足を進めろ),
au pas(歩け・足を進めろ)
ドとレとミとファとソとラとシの音が出ない…ドもレもミもファもソもラもシの音も出ない…もう何の音も・グーの音も出ないデスマーチ状態で、それでも「歩け!足を進めろ!歩め!」「さぁ仲間たち!」と歌い上げる童謡「クラリネットをこわしちゃった」、実は由緒正しいフランス軍歌だったのです。…というわけで、不具合続出を声高らかに歌い上げたい気分になった時には、「クラリネットをこわしちゃった」「オ−、パッキャマラド、パッキャマラド、パオパオ、パンパンパン!(さぁ、それも足を進めろ!仲間たち!)」…と由緒正しいフランス軍歌を歌い上げるのがお勧めです!?
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*Chant de l’Oignon は訳すと「タマネギの歌」…タマネギ大好きで、それさえあれば戦い続けることができる!と歌う「タマネギの歌」…これはまさにデスマーチ軍歌です。
17世紀オランダの画家、ヨハネス・フェルメールが描いた「真珠の耳飾りの少女」は、美しい少女が口元に微かな笑みを浮かべるように見えるさまから「北方のモナリザ」とも称される名画です。オランダのデン・ハーグのマウリッツハイス美術館が所蔵する「真珠の耳飾りの少女」は、日本でも人気高いフェルメールの中で、最も愛されていると言っても過言でない名画です。現在では「真珠の耳飾りの少女」と呼ばれているこの作品ですが、少女が身につけている「耳飾り」は、実は「真珠じゃない」というのが定説です。
この絵を所蔵するマウリッツハイス美術館も、「少女が身につけた耳飾りの大きさ(天然真珠にしては異常に大きい)」や「歴史背景(大きな天然真珠はフェルメールがモデルに身につけさせることができないような非常に高価なものだった…等)」といった理由を挙げて、以前から「おそらく、当時流行っていたヴェニス製の安いガラス製真珠風耳飾りだろう」と報告していました。マウリッツハイス美術館が「真珠の耳飾りの少女」という名前を使うようになったのも1995年以降で、それ以前は 「ターバンの少女(Girl with the Turban)」と呼ばれたり、「少女の顔(”Girl’s face”)」といった名前で呼ばれていました。「真珠の耳飾りの少女」と正式に名乗り始めたのも、(同名の映画が公開されたこともあり)この名前が広まったのも、実はごく最近のことです。
昨年12月には、オランダのライデン大学教授であるVincent Icke(理論天文学専攻)が、科学誌”New Scientist”に、耳飾りが周囲の光を反射するさまを、本物の真珠球やそうでないものを用いて比較実験を行った結果から、フェルメールが描いた耳飾りは「ガラスやスズ製だろう」と結論づけて います。実際、この少女が身につけている耳飾りを眺めて、耳飾り本体の色に比べて(斜め左上から当たる光や下方のさまを反射する)反射光が強すぎて「真珠っぽくない」と感じていた人は多いと思います。Ickeはそれを実験的に検証した上で報告を行ったのです。このVincent Ickeの研究報告を受けて、マウリッツハイス美術館は「真珠の耳飾りを”付けていなかった”少女?」 という紹介・解説(以前から紹介していたように、少女が身につけているのは”本当の真珠”ではないんですよ。面白いでしょう?…という)記事も書いています。
「真珠の耳飾りの少女」が身につけている耳飾りは「球形状」ではなく「ティアドロップ形状」です*。フェルメールは、この耳飾りを他の絵画中でも何回も描いています。フェルメールが絵を描く際に用いた「耳飾り」を眺めていけば、あぁこれはガラス製か何かの(半透明の真珠風)耳飾りなんだ…ということがわかるかと思います(参考:この記事下部に他8点のフェルメールが描いた”耳飾り”が挙げられています )。
卓越した描画力を持つフェルメールが、真珠風の装飾具の見え方を忠実に描き出したことで、本物の真珠とイミテーションの違いも浮かび上がっていてるんだと考えつつ、名画を眺めてみるのも楽しいかもしれません。
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右に貼り付けた画像は、新潟県工業技術総合研究所の阿部 淑人氏が、「フェルメールが描いた少女が、ティアドロップ形状のガラス製耳飾りを付けていたら、どんな風に見えるかを試しにレンダリングしてみた」コンピュータグラフィック画像です。青と黄色のターバンのように、エキゾチックでミステリアスで、何だかとても魅力的ですね。
先日、ディズニーの「ベイマックス(Big Hero 6)」という映画を観ました。幼児期に両親を亡くした主人公が、ロボット工学技術に囲まれながら成長していく物語です。…この映画を観て思い出したのが、「ディズニーアニメの主人公にはほぼ母親がいない」という話です。そして、その遠因が「ウォルトディズニーがー自分たちが贈ったプレゼントが原因でー母を亡くしたから」という話です。たとえば、ディズニーアニメに出てくるヒロインに母親がいないワケ といった記事では、こんな風に書かれています。
1940年代初頭に、ウォルト・ディズニーは両親のために家を購入しました。ところが、暖炉が壊れていたので、修理屋に修理をしてもらってから、両親はその家に住み始めました。その直後、暖炉のガスが漏れたことが原因で、母親が亡くなったのです。
「ウォルトはこの話を決してしたがらなかったし、誰も触れたことのない話なんですよ。私は心理学者ではないので確かではないですが、彼の母親の死が、その後の作品に影響を与えていたのかもしれない。ファンタジアやダンボ、ピノキオ、バンビ、白雪姫のように」 (ディズニーアニメに出てくるヒロインに母親がいないワケ )
この「ディズニーアニメの主人公に母親がいない奥深い理由は実は…」という話は、以前からよく書かれてきた話です。しかし、客観的に考えると、この説は本当のことではないようです。
流行の噂や伝聞が本当か?ということを調べるサイトSnopes.comが行った「ディズニーアニメの主人公に母親がいない」のは「ウォルト・ディズニーが母を亡くしたから」というのは本当か?という調査 では、ディズニー兄弟が母を亡くした1938年には白雪姫は公開されていたし(その売り上げで親にハリウッドの家をプレゼントしたのだし)*、すでにピノキオやバンビは完成近い段階だったし、少なくともピノキオ・バンビ・白雪姫といった映画の主人公たちが母親不在な境遇なのは、ディズニー兄弟が母を失ったこととは関係無いという事実です。そしてさらに、当時でも現在でも、(ディズニーが映画の原作に選んだ童話の多くが自然とそうだったように、あるいはハリーポッターだってトトロだってそうであるように)子供たちの成長を描き出す成長譚では、両親…とくに母親不在の主人公が描かれることが多いという事実です。実際、たとえばイギリスの雑誌が選ぶ『世界最優秀アニメ映画ランキング』 などを眺めてみると、海外はもちろん日本の映画でも、こどもたちが成長していくストーリーの映画では、ほぼ母親不在の状況が描かれていることに気づかされます。過酷な状況下で、こどもが成長する話を(短い時間の中で)描こうとすると、母親がいない状況で書く方が圧倒的に自然なのです。
物語性としては、「ディズニーアニメの主人公に母親がいない理由はウォルトディズニーが自ら贈った贈り物が原因で母を亡くしてしまったから」というストーリーこそが魅力的なかもしれません。けれど、物語性が低くても、史実や必然性に裏付けられた事実を眺めてみることも、やはりとても面白いのではないかと感じます。
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*ディズニーアニメに出てくるヒロインに母親がいないワケ の元となっているオリジナル記事である Don Hahn へのインタビュー記事を眺めてみる>と、 Don Hahnは 1938年に亡くなっているウォルトディズニーの母 を、亡くなったのは1940年代だと勘違いしていたりと、勘違いが見受けられます。