雑学界の権威・平林純の考える科学

 ピアノの弦、つまり、ピアノ線と言えばミステリ小説やミステリマンガで、殺人の道具に使われるベスト1(というかワースト1というか)なアイテムです。炭素鋼で作られた細いけれど非常に堅く強いピアノ線は、被害者を切断したり・その死体を吊したり…と、危険極まりないスペシャルでデンジャラスな道具としてよく使われます。

 ピアノ線(ピアノ以外での利用):
 戦争では人の頭ほどの高さに設置し、車輌の乗員の首を刎ね飛ばすことを狙った使用法も見られた。 ノモンハン事件では、ソ連側が鉄線を使った対戦車障害物を設置した。 他にも絞首刑の道具としても使われた。

 しかし、ピアノ線はピアノの中にも張り巡らされているわけですから、「もし、ピアノの中でピアノ線(弦)が切れたら、どうなるんだろう?切れたピアノの弦が、演奏者の方に跳んできてその首を切断してしまったり…そこまで至らないにしても、演奏者が怪我をしてしまったりしないものだろうか?」という不安が湧いてきます。ピアノ弦が筐体に囲われてるアップライトピアノはともかく、弦が外から見えていて・しかも弦が演奏者の方に向かって張られているグランドピアノで、「弦が切断して跳ね返ったりして、演奏者が怪我をしてしまう」という話を聞かないのはなぜなのでしょうか?

 グランドピアノの弦は、平方ミリメートル(mm^2)あたりおよそ1000N(ニュートン)の張力が掛かっています。ピアノ弦の直径は(音の高さにもよりますが)約1mm弱程度なので、つまりピアノ線一本当たり約100kg重の力が掛かっていることになります。100kg重の力でピンと貼られた金属線がいきなり切れたりしたら、もちろん、跳ね飛んだ金属線に当たったものは傷ついてしまうことになります。…では、どうして、弦が切れたグランドピアノによる殺人事件が頻発しないのでしょう?

 実は、グランドピアノの弦は演奏者側の端部で切れることが多いのです。たとえば、鍵盤・(ピアノ弦を叩く)ハンマー側近くでピアノ弦に当たっているカポダストロバー近くで弦が切断してしまうことが多いため、ピアノ弦(線)が跳ね返る方向は演奏者とは反対側になるのです。だから、グランドピアノの弦が切れても、演奏者が怪我をするという殺人事件が頻発することはない、というわけです。

 逆に言えば、もしもピアニストに「私の演奏をピアノの近くで聴かないか?そう、グランドピアノ先端のその辺りに立って、ぼくの演奏を聴いてくれないか?」と誘われて、ピアニストが大音量のFFF(フォルティシシモ)な音を連打し始めとしたら、「これは、こ・殺されるかも…」と覚悟した方が良いかもしれません!?