雑学界の権威・平林純の考える科学

 「シリンダー錠の仕組み」が右の画像です。この種類のシリンダー錠は詳しくはピンタンブラー錠と呼ばれ、鍵が挿されていない状態では、(鍵を入れた際に回転する)内筒と(外側部分の)外筒の間に「ピン」が刺さっていて、内筒は回転しない(=鍵が開かない)状態になっています。たとえば、合っていない鍵を内筒に差し入れ・回そうとしても、ピンが外筒と内筒の間で挟まっていますから、そのピンが折れたりしない限りは回りません。しかし、鍵を差し込むと、ピンの分離部分が内筒と外筒の境目に動かされて、刺さった鍵を回すことで内筒が回転する(=鍵が開く)状態になるわけです。

 しかし、こうしたシリンダー錠は、正しい鍵がなくても簡単に鍵を開けられてしまいます。 それは、たとえば、

  1. まず、内筒に何かを差し入れて、内筒を回転させようとする力をかけてみます。すると、「内筒が回転しないように止めているピン」に力がかかります。しかし、たとえば右側の画像ではピンは7本ありますが、ピンの太さといったものにはバラツキがありますから、実は「内筒が回転しないように止めているのは「(最もジャマになっている)1本のピン」だけです
  2. 内筒の中のピンを軽く押していくと、「(最も邪魔になっている)1本のピン」には力がかかっているので、「邪魔ピンはこれ」とわかります
  3. そして、邪魔ピンを動かすと、邪魔ピンの分離部分が内筒と外筒の境目に動かされた瞬間に内筒が少し周り、邪魔ピンは邪魔ではなくなり・(内筒が少し回転してしまっていますから)その位置から戻らなくなります
  4. すると、今度は他のピンが「邪魔ピン」になり、その邪魔ピンを同じように見つけ・動かしていくと、最後には全部のピンが突破され、鍵は開いてしまう
というようなやり方です。

 このやり方は、「鍵が開く・開かないを決めている部分に力などがかかった際の”動きの違い”」を利用して、鍵を開けています。実は、シリンダー錠に限らず、ダイヤル錠など他の種類の鍵でも、このやり方で鍵が開けられてしまうことは多いものです。たとえば、ダイヤル錠を手に持ち、鍵が開くように引っ張りながらダイヤルを回転させると、正しい位置にダイヤルが来た瞬間に動かなくなり、それを繰り返すと鍵は開いてしまいます。

 こうした開け方、つまり「鍵が開く・開かないを決めている部分に力などがかかった際の”動きの違い”」を利用した鍵の破り方は、「物理的な鍵」でだけ当てはまるやり方ではないか?と思われるかもしれません。つまり、たとえばコンピュータのパスワードチェックなら”動きの違い”なんて外側から知ることはできず、パスワード破りなんてできないのではないか?と思われたりするかもしれません。

 しかし、コンピュータでも「鍵が開く・開かないを決めている部分に力などがかかった際の”動きの違い”」を利用して、パスワード破りがされてしまうことがあります。たとえば、「パスワードが合っているか」を判定するソフトウェアが、「入力パスワード中の間違っている文字数」などによって処理時間が異なってしまう場合には、処理時間を計ることでパスワードを破ることができてしまったりします(参考:パスワードの判定にstrcmpを使うべきでない理由)。具体的には、パスワード認証システムに対してパスワードをデタラメに入れたとき、もしも1文字目が間違っていたらそこで「パスワードが間違ってる」と「すぐに処理が終わる」けれど、もしも1文字目が合っていたら次の2文字目が合っているかの確認をしなければならないので(間違っている場合より)文字が合っている場合は余計に時間がかかり、その時間差を手がかりにすれば「あっ、今入れた文字は合ってるんだ」とわかるというわけです。そして、それを繰り返していくと、パスワードを破ることができる…なんていうことも、場合によっては起こりうることになります。

 また、コンピュータはソフトウェアで動いているといっても、ソフトウェアは結局のところハードウェア装置上で動いていますから、「鍵が開く・開かないを決めている部分に力などがかかった際の”動きの違い”」が装置の消費電力や(外部に放出する)電磁波や音波などに現れてしまうこともあります。つまり、装置の状態を観察しながらパスワード認証をさせてみると「入れたパスワードが合っている度合い」がわかってしまったりする可能性もあるのです。

 シリンダー錠の開け方と同じように、コンピュータのパスワードも破られてしまうというのは、何だか少し意外で興味深く感じられるはないでしょうか。

 名画の中には、描かれるものの配置が計算し尽くされたかのように見えるものが数多くあります。たとえば、右のフェルメールが描いた油絵 “Die Malkunst” は、画の中に描かれたものすべてが、補助線を引いてみると見事に黄金比(黄金率)に沿っていることがわかります(左図:黄金比配置を示した補助線テンプレート、右図:フェルメール “Die Malkunst”)。黄金比というのは、1:(1+√5)/2という比率で、この比に沿う配置は安定感や美しさを強く感じさせることが知られています。フェルメールの “Die Malkunst”は、部屋を飾るカーテン、描かれた女性、画家の体や腕が、すべて美しく黄金比にもとづく配置になっています。

 計算され尽くした「名画」は、過去の芸術の中にだけ存在するわけではありません。たとえば、私たちが毎日使うPCにインストールされているマイクロソフトOfficeの中にある、クリップアート画像の数々も、よくよく眺めてみると黄金比に忠実に沿った配置にされていたりします(右図)。海に走る波、波に乗るサーファー、背景に広がる岩場…画像中の素材が綺麗に黄金比に沿った配置になっています。あるいは、青空を背景に立つ鉄骨と、空中を走るローラーコースターが、見事に黄金比に沿った配置となっていることがわかります。

 

 何気なく使うOfficeクリップアートも、数々の名画と同じように、実は計算し尽くされた配置になっていたりします。…そんなことを考えながらOfficeクリップアートを眺めてみれば、Officeでの資料作りも「世界の美術館巡り」に思えてくるかもしれません。

 冬の白銀の世界は、美しいと同時に厳しく恐ろしい存在です。 たとえば、ほんの少し吹雪くだけで視界を失ってしまい、全く方向がわからなくなったりします。

 吹雪くとき…つまり雪が降り・風が吹く時の視界=視程は、(実験的に求められた)このような式で表すことができます*。

 視程(m)=10^(-0.886 Log[飛雪空間密度(g/m^3) 速度(m/s)] + 2.648)
上式でとても興味深いのは、視界(視程)が「1立方メートルあたりに存在する雪の重量(飛雪空間密度)」と同じくらい「雪の速度」に影響を受ける、ということです。 つまり、たとえば風速(雪を動かす風)が2倍増すと、あたかも目の前を舞う雪の量が2倍増えたのと同じ影響がある、ということになります。下の2枚のグラフは、

  • 左:雪が秒速35cmで降っているとき、雪の量が変わると視界がどうなるか
  • 右:雪が1立方メートルあたり1g存在するとき、雪の速度が変わると視界がどうなるか
を示したものです。雪粒子の量が増えると視界は悪くなるのは当然ですが、雪粒子が早く動くようになると、それでも同じように目の前の視界が失われてしまうことがわかります。

 

 しんしんと静かに美しく降る粉雪も、ほんの少しの風が吹き始めただけで、視界を失わせる吹雪へと姿を変えてしまいます。吹雪中での視界距離の式を見ると、雪を舞わせる風の怖さを実感するのではないでしょうか。


*吹雪時に人間が感じる視程と視程計や吹雪計による計測値との関係(武知ら)