雑学界の権威・平林純の考える科学

 東京電力福島第1原発の原子炉建屋に地下水が流入するのを防ぐために設置する「凍土遮水壁」に国費投入という記事を読み、凍土遮水壁を維持するために、一体どのくらいお金がかかるのかを知りたくなりました。そこで、今回は、地面の中に凍った土の壁を維持するための電気料金計算をしてみようと思います。

 右上の画像は、地面の中に設置された「凍土遮水壁」周りの温度分布を(とても大雑把に)計算してみたものです。これは、地面を5m刻みで分割して、たとえば地下10mくらいの場所は定常的に15℃くらいに保たれていて…といった境界条件から、温度分布の定常状態を計算してみたものです。

 すると、「凍土遮水壁」周りでは、1m毎に温度が約1℃変わるといった状態になり、凍土の熱伝導率を(氷と同じ)2.2 (W/m・K)とすると、壁の表面積1平方メートルあたり2.2Wの熱量が凍土遮水壁から出て行くことになる…といった計算を、約1400m×600mの区画を30mの深さまでの「壁」で囲うことを前提に行うと、全体で52万8千ワットが必要になるという計算になります。そして、東京電力の従量電灯B契約を見ると、1000Whあたり20円くらいです。そこで、1000Whあたり20円の代金で、52万8千ワットが1日24時間1年365日をまかなうために必要な電気代は、1年あたり(とても大雑把に)約30億円です。

 「凍土遮水壁」の維持費用は年間30億円、10年で300億円ナリ…。この金額、あなたなら安いと考えるでしょうか?それとも高いと感じるでしょうか?

 「歩くべき or 走るべき?の境界線」は時速8kmだ!で、「人が歩いたり走ったりする時の、移動速度(km/h)と体重あたり酸素消費量(ml / kg / min)」データを眺め、時速8km程度までは歩く方が楽だけど、それより速く移動しようとすると走った方が良い!という「”歩く”と”走る”の境界線」を学びました。…今回は、「歩く」と「走る」の境目を、別の視点、簡単な物理モデルを使った解析解から考えてみようと思います。

 歩く時の人の動きを考えてみると、(右に貼り付けた図のように)人の腰は上下動を繰り返します。そして、腰が描く軌跡は「足を半径とする円弧を連ねた形」です。片足だけが地面に着いてる間は、その片足を半径として描かれる円弧に沿って腰が動き、もう一方の足が地面に着いた瞬間に、足を着いたことで大きく衝撃を受け・体の動きが変わり・(その足を半径として)次の円弧に沿って体は動いていきます。

 この(歩いている)人に働く力・加速度を考えてみると、まず足を着いた瞬間には下から突き上げる力・加速度を受け、それまで下向きに動いてた体の動きが、上向きへと方向を変えます。そして、それ以降の円弧状の動きをする時には、体は遠心力を受けることになります。ちなみに、腰の高さが一番高くなっている瞬間は、「人が進む方向」と「円弧状での向き」が一致するので、 体が受ける遠心力の加速度は(上向きに)「歩く速さの2乗 / 足の長さ」になります。

 そこで、この式を使って、およそ足の長さが80cmくらいだとして、「歩く速さ」に応じて「(歩行中に人が受ける)上向き加速度の最大値」をプロットしてみると、右のグラフのようになります。単純に言ってしまえば、歩く(進む)速さが速くなれば、それに応じて上向き最大加速度も大きくなるということですが、実はもっと興味深いことが見てとれます。それは、進む速さが時速10km程度になると、上向き最大加速度が「(私たちを地面に縛り付けている)重力加速度=9.8m/s^2」よりも大きくなってしまう!ということです。…つまり、私たちが時速10km程度で歩こうとしても、足が伸びきった瞬間に私たちの体は浮かび上がってしまう=走り出してしまう、ということがわかります。体のサイズ等で多少前後しますが、時速10km程度になると、”歩くという動き”が自然にはできなくなってしまうのです。

 すると、以前の話、時速8km程度までは歩く方が楽だけど、それより速く移動しようとすると走った方が良い!という「”歩く”と”走る”の境界線」が実に納得できます。その程度の速さまでは「歩く」ということができるけれど、もっと速く走ろうとすると「自然には不可能だから、少し無理のある動き・工夫した動き」をしなければならなくて、そのため「歩く」より(自然にまかせて、体を浮かび上がらせて)「走る」方が楽になる…という理屈だと考えると、とても自然に納得できます。

 もしも「歩くべきか、それとも、走るべきか…?」と優柔不断なハムレットが悩んでいたとしたら、「それはキミ、歩くと走るの境界線は時速8〜10kmだよ。もし、キミの足が普通よりずいぶん短ければ、たとえばドラえもん的に短ければ、もっと遅い速さでも走らないとダメだけどね!」と教えてあげれば良いわけです。

 ツール・ド・フランス 2013が開幕しました。6月29日〜7月21日の約3週間をかけて、山あり谷ありな約3,400kmを走り抜く、フランスで開催される自転車レースです。

 ツール・ド・フランスに関するビデオを観ていると、このレースを走り抜くために必要なエネルギー量を試算した結果が示されていました。コースが日によって違うため、もちろん日によって必要エネルギー量は変わりますが、平均6750 kcal/日でトータル141666 kcalだというのです。…今回は、この選手達が行う運動の量を「実感」してみることにします。(関連資料:小島よしおのツール・ド・フランスに挑戦!

 たとえば、昨年のツール・ド・フランスの優勝タイムは87時間34分47秒です。 この時間で、トータル141666 kcalの運動を選手たちがしたということは、選手たちの仕事率(時間あたりに行った仕事量)を計算すると1880 ワットに相当します(80W程度の基礎代謝分は含まない計算です)*。
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追記* …このトータル141666 kcalは「消費カロリー」で、最終的に選手が「自転車を走らせる」ために使われるエネルギー量ではありませんでした。

 人の身体の熱効率がどこかで抜けてるんじゃないでしょうか。今の競技用自転車には出力計なるものを装備する事が可能で、それによるとツールドフランスに出場するレベルの選手が1時間持続可能な出力は350W程度とされています。

@ma_molさん
 つまり、選手の筋肉が行った仕事の4/5くらいは「自転車を漕ぐ」ためには使われていない…ということのようです。 ———————————–

 この1880 ワットは一体どのくらいのものかというと、たとえば私たちの身の回りにあるエアコンで言うと、ちょうど40畳用くらいを冷やす能力があるエアコンが使う電力に相当します。つまり、自転車に発電機を取り付けた「自転車発電機」にツール・ド・フランス選手を乗せて、レースのごとく頑張ってペダルを回してもらえば(申し訳なくも”冷やしたい部屋”の外側で…)、40畳エアコンを動かし続けることができる、というわけです。自転車発電は、実際やってみると100Wくらいでも結構大変ですが、選手たちはその20倍近く可能…というのは何だか信じられないくらいの数字です。

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追記* …「選手たちはその20倍近く可能…というのは何だか信じられないくらいの数字」なのも当たり前で、「ツールドフランスに出場するレベルの選手が1時間持続可能な出力は350W程度」ということですから、「普通の人の6倍くらいの凄さ」ということになります。それでも、十分すごいものですね。 ———————————–

 そして、この運動を支える1日平均6750 kcal のエネルギーは、 ラーメン二郎の大ラーメン3杯分に相当します。…つまり朝昼晩の3食ともラーメン二郎でガッツリ食べなければならないくらいの運動を、ツール・ド・フランスの選手たちはしているということになります。

 朝昼晩にラーメン二郎の大を食べ、(5人いたら)40畳エアコンを動かし続けることができるツール・ド・フランス選手…凄いですね。