雑学界の権威・平林純の考える科学

 「決まり・ルール」は無味乾燥に思えますが、読んでみると意外に面白く・奇想天外な内容が書かれていたりすることがあります。たとえば、環境省の自然公園等施設技術指針(平成25年7月)の「第3部 施設別技術指針」から「第五章 公衆便所(自然地域トイレ含む)」を読むと、トイレに入って便器に「ことをいたす」時に必要な「動作スペースの大きさ」、具体的には大便器(洋式・和式)/小便器(ストール型…と言うんですね!)で大便や小便をする際に必要な動作スペースがわかりやすく図示・解説されていたりします。そして、大便器(和式)には、こんな解説文が書かれていたりして、その切実なまでのリアルさと図のシュールさに思わず笑ってしまいそうになります。

 便器と前面の壁が近すぎると、頭を壁にぶつけないように後方に下がるため、便器の後を汚してしまう。

 しかし、大便器(和式)と前面の壁が近すぎないような設計にしてあるはずなのに、そこに描かれた和式大便器に座り込む人の 頭の先には20センチメートル強程度しかスペースがありません。足下を基準にすると、およそ足下から40センチメートル先に壁がある、という状態です。そして、小便器(ストール型)と和式大便器で小便/大便をする時の「動作に必要なスペース」がほぼ同じ、となっています。…それって、かなりバランス感覚が優れてないと難しいんじゃないか!?と思ってしまいます。

 私が脳内計算した結果では、人が屈んだ状態から立ち上がる時は、足先から壁までが「座高長の1/2以上」あることが必要とされます(人が屈む時には、(膝を支点にして)膝から上にある上半身が二等辺三角形を描くような形になります)。…だとすると、現在の日本人の平均身長170センチメートル超の場合(座高が80センチメートルくらいあるような場合)には、大便器に座った人の足先から壁面までは40センチメートルを超えていないと辛い、という推論が導かれます。もちろん、自然公園等施設技術指針に描かれた図は、和式大便器に座る人の足先には(ちょうど)40センチメートルほどの空間が拡がっているわけですが、「それって、ギリギリ過ぎじゃないか!」「だから、公衆便所の和式便器には”失敗”してるケースが多いんじゃないか!」と尋ねてみたくなるのです。…あなたなら、和式大便器に座る時、頭や足の先に一体何センチメートルの空間が必要だと思いますか?

 便意を催してトイレに入り、そして大きな”ひと仕事”をし終えた後、大便があまりに大きくて「この大便、流れなかったらどうしよう?」と心配になったことはないでしょうか?特に、サイホン式の洋式便器で用を足した時など、曲がりくねる排水管の中を大便がきちんと通過してくれるか、不安になったりすることがないでしょうか?

 …そんな心配をしたくなった時のために、知っておくと良い決まりがあります。日本において、便器が満たしていなければならない「決まり」が書かれているJISA5207(衛生器具-便器・洗面器類)には、次のように定められています。

1. 適用範囲
この規格は,主に建築物で使用する衛生器具のうち,便器・洗面器類(大便器,小便器,洗面器,手洗器,洗浄用タンク及び掃除流し)(以下,器具という。)について規定する。

8.2.3 排出試験
 幼児用を除く大便器は直径 44 mm 以上(中略)の変形のない球を排水路に投入し,トラップ内を通過させ,便器外に排出されるかどうかを調べる。

 直径 44 mm くらいの大便であれば、たとえ超カタい無変形大便だったとしても、大便器(洋式サイホン便器)がこのJISA5207に従っている限りは、その超ビッグな堅い大便を流しきる性能を便器はちゃんと持っています。

 そして、日本人に限らず、体格が大きな西洋人でも肛門が開くことができる最大サイズは、およそ直径35mmほどです。それ以上に大きな便をしようとすると、肛門周辺に負担がかかり、痔になってしまいます。逆に言えば、健康を損なわない大きさの”直径35mm以下の”大便である限りは、その大便を便器はきちんと流しきってくれる、というわけです。

 The aperture of the relaxed anal canal in adult human is 35 mm (1.4″) slightly larger than an American quarter ($0.25 coin). If your stools become larger than that, you need to strain to expel them.

HEMORRHOIDS AND ANAL FISSURES: WHAT NATURE GIVETH, NEWTON’S LAW TAKETH

 というわけで、あなたが痔になるくらいの超ビッグな大便を産み落としたのでない限りは、「この大便、流れなかったらどうしよう?」と心配する必要はないのです。

 ちなみに、超ビッグな大便でなく、ウサギの糞のような数多くの小さく堅い大便でも大丈夫です。そんなコロコロ便たちのために、JISA5207 にはこんな決まりもあるからです。あなたが、100個のコロコロ大便を出したとしても、15個くらいは残るかもしれないけれど(ん?マズイ?)、85パーセント以上は流しきってくれるのです。

5.1 洗浄性能
 洋風便器においては,(中略)代用汚物 B が 85 個以上便器外に排出されなければならない。

 代用汚物 B 直径が約 19 mm,比重 0.85∼0.95 の樹脂の球 100 個を使用する,又はそれと同等以上のものを代用汚物 B として用いてもよい。

 さらにJISA5207(衛生器具-便器・洗面器類)を読んでいくと、「代用汚物 A 長さ約 760 mm に切った試験用紙を直径が約 50 mm∼75 mm の球状に緩く丸めたものを 7 個使用する」とか書いてあり、それはトイレットペーパーを模したものだろうか?とか、お尻を拭いたトイレットペーパーは50 mm∼75 mm の球状になるんだろうか?とか、丸めたものを 7 個っていうのは”人は7回くらいトイレットペーパーをカラカラ回しお尻を拭いて丸めて流す”ノだろうか?とか…実に興味深く楽しめます。

 便器で流すことができる大便の大きさとか、代用汚物とか、肛門(括約筋)の最大サイズとか…無味乾燥に思える「決まり」も、眺めてみると実は結構面白い!のです。

 トイレットペーパーには、表面と裏面があります。裏面はゴワゴワな肌触りが堅い表面で、それとは逆に表面(おもてめん)はフンワリ肌に優しい柔面になっています。表面と裏面を見た目で区別することができなくても、その表面性の違いは、たとえば指で撫でてみたりしたならば、指の先に感じる抵抗を手掛かりにして、いともたやすく区別することができます。…このトイレットペーパーの裏表の違いは、とても不幸なことに、多くの場合「裏面」がお尻表面を撫でてしまうという構造になっています。なぜかというと、多くのトイレットペーパーは、「回転面の内側に粗裏面が向くように作られている」からです。

 

 壁に設置されたトイレットペーパーを手を伸ばして自然に丸めようとすると、やってみればわかりますが、手前側に向かって丸めることになります。たとえば、下の図は、回転面の内側に「粗い裏面」が向くように設置されたトイレットペーパーが「壁に離れた側から紙が足らされている状況」で、丸める際の異なる2種の方法を描いたものですが、おそらくあなたが自然に感じる方法は前者(巻き方Aの)、外側に裏面が向く方法だと思います。そして、こんな状況下では、トイレットペーパーに手を伸ばすと、自然に「トイレットペーパーの裏面が外側に向かうように」丸められることになります。つまり、表面抵抗が大きな粗い・痛い面がお尻に面するようになってしまう側です。

 上図のような、トイレットペーパーが「壁に離れた側から紙が足らされている状況」というのは、実は日本でよくある風景です。「日本では実はよくある」ということを逆に言うならば、それは、他の国では特に自然とは限らない点ということです。他国のトイレットペーパーでは、たとえば下図のように「壁に近い側に紙が足らされている状況」であることも多く、そんな場合には、トイレットペーパーに手を伸ばし自然に紙を丸めても(それと逆向きは、実際のところ、かなり不自然な向きになります)、柔らかな「表(おもて)面」が外側を向くのです。

 というわけで、トイレットペーパーで「(いつも)お尻をゴワゴワな堅面で拭いてしまう理由」とは、それは日本では「壁に離れた側から紙が足らされている状況」が多く、そして「回転面の内側に粗裏面が向くように製造されているからです。…それがなぜかということは、(今夜ももう遅いので)次回以降の話題にでもしようかと思います。