雑学界の権威・平林純の考える科学

 「歩くべき or 走るべき?の境界線」は時速8kmだ!で、「人が歩いたり走ったりする時の、移動速度(km/h)と体重あたり酸素消費量(ml / kg / min)」データを眺め、時速8km程度までは歩く方が楽だけど、それより速く移動しようとすると走った方が良い!という「”歩く”と”走る”の境界線」を学びました。…今回は、「歩く」と「走る」の境目を、別の視点、簡単な物理モデルを使った解析解から考えてみようと思います。

 歩く時の人の動きを考えてみると、(右に貼り付けた図のように)人の腰は上下動を繰り返します。そして、腰が描く軌跡は「足を半径とする円弧を連ねた形」です。片足だけが地面に着いてる間は、その片足を半径として描かれる円弧に沿って腰が動き、もう一方の足が地面に着いた瞬間に、足を着いたことで大きく衝撃を受け・体の動きが変わり・(その足を半径として)次の円弧に沿って体は動いていきます。

 この(歩いている)人に働く力・加速度を考えてみると、まず足を着いた瞬間には下から突き上げる力・加速度を受け、それまで下向きに動いてた体の動きが、上向きへと方向を変えます。そして、それ以降の円弧状の動きをする時には、体は遠心力を受けることになります。ちなみに、腰の高さが一番高くなっている瞬間は、「人が進む方向」と「円弧状での向き」が一致するので、 体が受ける遠心力の加速度は(上向きに)「歩く速さの2乗 / 足の長さ」になります。

 そこで、この式を使って、およそ足の長さが80cmくらいだとして、「歩く速さ」に応じて「(歩行中に人が受ける)上向き加速度の最大値」をプロットしてみると、右のグラフのようになります。単純に言ってしまえば、歩く(進む)速さが速くなれば、それに応じて上向き最大加速度も大きくなるということですが、実はもっと興味深いことが見てとれます。それは、進む速さが時速10km程度になると、上向き最大加速度が「(私たちを地面に縛り付けている)重力加速度=9.8m/s^2」よりも大きくなってしまう!ということです。…つまり、私たちが時速10km程度で歩こうとしても、足が伸びきった瞬間に私たちの体は浮かび上がってしまう=走り出してしまう、ということがわかります。体のサイズ等で多少前後しますが、時速10km程度になると、”歩くという動き”が自然にはできなくなってしまうのです。

 すると、以前の話、時速8km程度までは歩く方が楽だけど、それより速く移動しようとすると走った方が良い!という「”歩く”と”走る”の境界線」が実に納得できます。その程度の速さまでは「歩く」ということができるけれど、もっと速く走ろうとすると「自然には不可能だから、少し無理のある動き・工夫した動き」をしなければならなくて、そのため「歩く」より(自然にまかせて、体を浮かび上がらせて)「走る」方が楽になる…という理屈だと考えると、とても自然に納得できます。

 もしも「歩くべきか、それとも、走るべきか…?」と優柔不断なハムレットが悩んでいたとしたら、「それはキミ、歩くと走るの境界線は時速8〜10kmだよ。もし、キミの足が普通よりずいぶん短ければ、たとえばドラえもん的に短ければ、もっと遅い速さでも走らないとダメだけどね!」と教えてあげれば良いわけです。

 グリコ キャラメルと言えば「1粒300メートル!」のコピーで有名です。このコピーは、キャラメル1粒(約3.8グラム)に含まれるエネルギーである16キロカロリーは、「300メートルを走るのに必要なエネルギー」に相当することを意味したものです。

 グリコ(キャラメル) には、実際に一粒で300メートル走ることのできるエネルギーが含まれています。グリコ 一粒は16 kcalです。身長165cm、体重55kgの人が分速160mで走ると、1分間に使うエネルギーは8.21kcalになります。つまりグリコ一粒で1.95 分、約300m走れることになります。

グリコ 「一粒300メートル」とはなんですか?

 グリコキャラメルには「1粒300メートル」のエネルギーが詰まっているわけですが、「エネルギーがたくさん詰まっていそうなモノ」を他に思い浮かべてみると、たとえば爆発力バツグンなTNT(トリニトロトルエン)火薬なんかが思い浮かびます。…そこで、今回は、TNT火薬が持つエネルギーとグリコキャラメル等の飲食物エネルギーの量で「どれだけ走ることができるかの競争」をしてみることにします(世界陸上の季節ですしね!)。

 「エネルギーで比べる世界陸上選手権」に、次のようなグリコキャラメル含む6選手をノミネートして、含まれるエネルギー(カロリー)で「身長165cm、体重55kgの人が分速160mで走ると…何メートル走ることができるか」を競争させてみることにします。

  1. ■ 現世界王者:グリコキャラメル1粒(記録300メートル)
  2. ■ 明治製菓 きのこの山1本
  3. ■ ロッテ パイの実1個
  4. ■ マカダミアナッツ(1粒)
  5. ■ リポビタンD( 1 / 10本)
  6. ■ 最強!?挑戦者:TNT火薬(1グラム)

 まず「基準」となるグリコキャラメルは、1粒(3.8グラム)16キロカロリーでおよそ312メートル走り抜くことができる計算になります。そして、きのこの山1本は約15キロカロリーで292メートルです。そして、パイの実1個は22キロカロリーで429メートルです。ちなみに、きのこの山もパイの実もグラムあたりにすると、どちらも5.5キロカロリーほどになります(チョコやクッキーは大体このくらいの重量あたりカロリーです)。

 マカダミアナッツは1粒(約2グラム)だと15キロカロリーくらいになりますから、292メートル走ることができます。そして、リポビタンDは1本74キロカロリーなので、1口くらいに相当する1/10本だと144メートルの計算です。

 そして、最強!?挑戦者なTNT火薬は1グラムあたり1キロカロリーのエネルギーを含むので、計算してみるとTNT火薬1グラムで走ることができる距離は19メートル…という計算になります。というわけで、飲食物とTNT火薬で「走ることができる距離」を比較してみた結果は以下の通りです。

  1. ■ 現世界王者:グリコキャラメル1粒:312メートル
  2. ■ ロッテ パイの実1個:429メートル
  3. ■ 明治製菓 きのこの山1本:292メートル
  4. ■ マカダミアナッツ(1粒):292メートル
  5. ■ リポビタンD(1本):144メートル
  6. ■ 最強!?挑戦者:TNT火薬(1グラム):19メートル

 実は、飲食物(特に菓子類)に含まれているエネルギーは、TNT火薬に含まれているエネルギーよりもずっと高いのです。たとえば、1グラムあたりに含まれているエネルギーを比べると、マカデミアナッツが約7キロカロリー、チョコ類が6キロカロリー、グリコキャラメルで4キロカロリーで、TNT火薬の(1グラムあたり)1キロカロリーに比べると、何倍も駄菓子類の方が高エネルギーなのです。

 だから、グリコ1粒300メートルの要領でTNT火薬1グラムで走ることができる距離を計算してみると、実は20メートルも走れない!?という結果になるのです。キャラメル1粒と同じ3.8グラムで計算したとしても74メートルですから、TNT火薬とグリコキャラメルが陸上競技場で対決すると…グリコキャラメルの圧勝!という結果になりそうですね。

 世界最高のスナイパー(狙撃者)といえば、それはもちろん、「ゴルゴ13」ことデューク東郷です。何しろ、常人どころか世界中の誰にだって不可能に思える狙撃を、数限りなく成功させているのです。

 たとえば、右のシーンは、遙か先、狙撃ターゲットの屋敷にあるプールに生じる波の動きを読み、波の先に弾を反射(跳弾)させて、狙撃ターゲットに命中させた、という話です。こんな不可能を可能にすることができる存在は、ゴルゴ13以外にはありえないでしょう。

 このゴルゴ13、地球が自転することで生じる「コリオリの力」も計算に入れた上で、狙撃を行うと言われています*。地球自転によるコリオリ力というのは、赤道に近いほど(地球自転による)回転周速度が速いことから(北極・南極では周速度ゼロ)、緯度方向に移動する物体が軽度方向に対する力を受ける、というものです。 ゴルゴは、狙撃を行う際に、周りの風や重力が弾丸に対して働く影響を考えるなんて「当たり前」、地球の自転により生じる「弾丸曲がり」の補正まで行っているというのです。そこで、今回はゴルゴ13が行う超長距離狙撃に対する「コリオリ力の影響」を考えてみることにします。

 中でも私にとって印象に残っているのは、南半球から来た暗殺者と闘うストーリーの中でコリオリの力を計算に入れて狙撃することである。

ゴルゴ13は「プロフェッショナル」と呼べるのか

 ゴルゴ13は、おおよそ1km程度離れたところからの長距離狙撃を成功させます。その1km程度の狙撃を行う際、ライフルから発射される弾丸に重力とコリオリ力のみが働くとして(つまり空気抵抗を無視して)、弾丸の軌道がどのように曲がってしまうかを計算してみた結果が、下のグラフです。 ゴルゴ13が発射する弾丸の初速度は995m/sとして、左図が東京で真北を向いて狙撃を行った場合で、右図が赤道から真北を向いて狙撃した場合です(軸の単位はすべてメートルです)。グラフに描いた実線が銃弾にコリオリ力が働いた銃弾の軌跡で、点線がコリオリ力を無視した銃弾の軌跡です。

 このグラフを眺めると、銃弾が南北方向に1000メートル進む間に、鉛直方向に対して5メートル落ち、そしてコリオリ力により、東京では0.8メートル・赤道では1メートルほど弾丸の軌跡が東方向に曲がってしまっていることがわかります。…なるほど、ゴルゴ13ほどの超長距離狙撃ミッションを遂行するスナイパーともなれば、弾丸に働く空気抵抗や重力だけでなく、地球の自転・コリオリ力すら考えに入れないといけなかった!というわけです。

 ちなみに、ゴルゴ13は北半球と南半球で「弾丸の曲がりの違う銃身」を使い分けていた…という情報もあります。

 ゴルゴ13は、その話の中で北半球で狙撃を行った後、今度は南半球での仕事を請け負うんです。そのときに、銃身の微調整を銃の修理屋に依頼するんです。 その中にこの言葉が出てきます。そうコリオリの力が。結局、北半球と南半球では銃を発射したあとの弾道が逆に曲がるということでした。

コリオリの力


 しかし、これはおそらく何かの間違いでしょう。なぜかと言えば、コリオリ力が弾丸の軌跡に与える影響は、狙撃する場所の緯度だけでなく狙撃する方向にも依存しますから、「コリオリ力の影響を考えた銃身」にしようと思うと、狙撃緯度・狙撃方向に応じた銃身カスタマイズをしなければならなくなってしまうからです。…つまり、そんなカスタマイズをしようとすると、北半球・南半球に限らず、超長距離狙撃を行う際は、毎回調整をしなければならなくなってしまいます。

 それにしても、空気の動き・波の動き・重力・地球の回転・コリオリ力、森羅万象ありとあらゆる現象を考えつつミッションを遂行するゴルゴ13…凄すぎです。

—————————–
 *数時間ぶっ続けで、ひたすらゴルゴ13のコミックを読んだのですが、該当話を見つけることはできませんでした。…途中で意識が朦朧としていたせいかもしれません。