雑学界の権威・平林純の考える科学

 2015年の現在、自転車を指して「チャリンコ」という言葉が使われることも一般的です。しかし、「チャリンコ」が自転車を意味するようになった理由は、ハッキリとわかっているわけではありません。今回は、「チャリンコ」という言葉が自転車を指すようになった経緯について調べ、どれが正しいのかを考えてみることにします。

 チャリンコの語源・由来については、およそ3つの説があります。

  •   ■戦後「(戦災により浮浪児となった)こどものスリ」を指す言葉だったチャリンコが意味変化(または言葉の廃物利用)を起こしたという説
  •   ■自転車のベルや走行音から来た擬声・擬音語(オノマトペ)説
  •   ■明治3年に東京の竹内寅次郎が考案した(3輪の)「自転車」という言葉の韓国語読み 「チャジャンゴ」が日本に再輸入・変化したという韓国語再輸入説


 これらの説や時代状況を、時系列的に箇条書きで並べてみると下記のようになります。大雑把に言うと、60年代以前は「こどものスリ」を指すことが一般的だったのが、74年くらいから自転車を指して「チャリンコ」という言葉を使うことが広まり、雑誌記事ともなっていることがわかります。
 また、3説のうち、書籍などで書かれることが多いのは、「スリを指すチャリンコが意味変化したという説」と「自転車という言葉の韓国語読みであるチャジャンゴが日本に再輸入・変化したという説」です。後者の説については、1993年11月17日の 朝日新聞朝刊「声」欄に掲載された”チャリンコとは『子供のすり』の隠語であったが、いつの間にか自転車をも表す語にもなってきた。その語源はどうも韓国・済州島で自転車のことを『チャルンケ』と言うのにあるらしい。大阪の生野、東成一帯には、戦前から済州島の人たちが多数住んでいる。この人たち、中でも一、二世たちは、自転車のことを今でも『チャルンケ』と言う。その子や孫たちは、それを耳にして育ち、遊びふうにチャリンコと言っていたのが、広まったらしい。”という大阪市のフリーライター洪 淳栄 さんによる投稿をきっかけにして、本に書かれるようになっていったように思われます。

 さまざまな資料を眺めてみた結果、個人的な感覚としては、「スリを指すチャリンコが意味変化したという説」の方が正しいのではないか、と考えるようになりました。その理由について、まずとても感覚的なものを挙げておくと、「自転車という言葉の韓国語読みであるチャジャンゴが日本に再輸入・変化したという説」を挙げている、大野敏明「日本語と韓国語」、呉 智英「言葉の煎じ薬」、高島俊男『お言葉ですが…〈別巻4〉ことばと文字と文章と」については、関連記載に誤りが多かったりして、あまり信頼性を感じられなかった、ということがあります。

 そして、何より一番の「自転車という言葉の韓国語読みであるチャジャンゴが日本に再輸入・変化したという説」に対する違和感を、「チャリンコという言葉がどこから広まったか」ということから、感じてしまうのです。なぜかというと、この説はチャリンコと韓国語のチャジャンゴ(特に済州島方言であるチャルンケ)の音が似てることから、大阪に住んでいる済州島出身の人たちからチャリンコが日本中に広がっていったのではないか?というものですが、だとすると「チャリンコという言葉は大阪から広まっっていった」ということになります。しかし、それは、(辞典<新しい日本語>)に挙げられている「1983年に行われた全国中学校アンケート第2回での、自転車を指してチャリンコという言葉を使うかどうかのアンケート結果」と矛盾するように思われます。
 1983年に行われた全国中学校アンケート第2回の結果(右図)は、チャリンコという言葉は大阪近郊の発祥ではなく、むしろ横浜あたりか、福島/宮城あたりに見えます。どういうことかというと、1983年段階の「中学生」たちは関東を中心に「チャリンコ」という言葉を使っている一方で、より年配の保護者たちに関しては「チャリンコという言葉を使ったことがある」のは、横浜・東京あるいは福島・宮城くらいだという結果になっています。
 こういったような語句使用状況の調査結果からは、チャリンコという言葉は「東京で1970年頃から使われ始めた言い方(永瀬治朗「キャンパス言葉全国分布図」)」とされています。すると、「韓国語チャジャンゴ(特に済州島方言であるチャルンケ)が大阪から日本中に広まっていった」という韓国語再輸入説は現実に合わないように思われます。

 すると、残るのは「こどものスリを指すチャリンコの意味変化説」と「自転車のベル音などをまねたオノマトペ説」です。私の記憶では、チャリンコという言葉が使われ始めた頃は「悪い不良的な言葉だった」という印象があります。すると、「こどものスリを指すチャリンコが意味変化したもの」であって、その意味変化を生じさせる過程では(チャリンチャリンというベル音のような)オノマトペ的な要素もどこか含まれていたかもしれない…と考えます。

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  •   ■1870年(明治3年) 4月29日 竹内寅次郎が「(ブランド名)自転車」の製造及び販売の許可を東京府へ出願。 ー (「日本における自転車の製造・販売の始め」 齊藤俊彦 著 交通史研究 第13号, 1985年4月
  •   ■1948年2月8日号 「週刊朝日」”乞食もナガシも強盗もチャリンコもカチアゲもバイ人もいっしょくたに住んでいて” ー (隠語大辞典, 2000年4月)
  •   ■1956年 「警察隠語類集」”ちゃりんこ=すり犯人特に子供すり。中味のみ抜いて代空(だいがら)=財布を「ちゃりふる(擲振)=すてる」ところから” ー (俗語大辞典, 1996年2月)
  •   ■終戦を過ぎてから1970年以前の期間に、横浜あたりの学生の間では「すり」を意味する隠語「チャリンコ」をもじり、自転車のことを「シャリンコ」と呼んでいた時期があった。ー (自転車の呼称, 2003年11月更新分から)
  •   ■1970年代 ”「ちゃりんこ」という語も、もとの意味は「かっぱらい」とか「盗む」という意味で、1970年代にオートバイで免停になったワル達が、「かっぱらった自転車で来る」ことを「ちゃりんこして来た」と言ったことが始まりだ”  ー (通勤・通学 スポーツ自転車の本 (エイムック516), 2002年6月)
  •   ■1970年代 ”最近の日本では「チャリンコ」という単語をよく聞くがあれは絶対に止めて欲しい。私は明確に覚えているのだが、1970年代までこの語には「かっぱらい」とか「盗む」の意味しかなかった。(当時の辞書やちばてつや氏の漫画にもこの語は「盗み」の意味でしか出てこない))オートバイで免許停止になった者が、路上の自転車を盗んでオートバイの集会に駆けつけるのを、「チャリンコしてきた」と言ったのがすべてのはじまりである”  ー ( 華麗なる双輪主義 スタイルのある自転車生活, 2006年4月)
  •   ■1974年 ”鈴木豊「俗語使用の広がり―「チャリンコ」を例として―」『文京女子短期大学英語英文学科紀要』26(1993.12)という論文がある。鈴木氏は1974年に初めて耳にした、ということで、よく覚えているものだと感心する” (【チャリンコ】, 1996年08月23日)
  •   ■1974年10月〜1977年3月 ”NET(現:テレビ朝日)系で放送された「がんばれ!!ロボコン」で、 (由利徹扮する)東北弁の町田巡査が毎回白い自転車で登場し、自分の自転車を「チャリンコ」と称していた” ー (「チャリンコ」という言葉が広がったきっかけは?
  •   ■1975年4月28日号 平凡パンチ:「チャリンコ=自転車(かつては””スリ”を指す言葉)」 ー (日本俗語大辞典 米川昭彦 編, 2003 から)
  •   ■1976年6月10日号 サンデー毎日「チャリンコ スリ、自転車」 ー (日本俗語大辞典 米川昭彦 編, 2003 から)
  •   ■1979年4月 さだまさし 「木根川橋」”あの頃チャリンコ転がして行った曵舟、押上、浅草の不思議な胸の高鳴りと荒川土手の忘れちゃいけない毎度毎度の草野球…” ー (さだまさし「夢供養」
  •   ■1983年 全国中学校アンケート第2回 中学生は(関東を中心に)「チャリンコ=自転車」と言う・聞くことが広まっている。ただし、保護者へのアンケート結果からは、保護者自身が「言ったことがある」のは、東京・横浜・福島・宮城・福岡・山口・香川くらいである。ー (辞典<新しい日本語>
  •   ■1993年11月17日 朝日新聞朝刊 チャリンコとは『子供のすり』の隠語であったが、いつの間にか自転車をも表す語にもなってきた。その語源はどうも韓国・済州島で自転車のことを『チャルンケ』と言うのにあるらしい。大阪の生野、東成一帯には、戦前から済州島の人たちが多数住んでいる。この人たち、中でも一、二世たちは、自転車のことを今でも『チャルンケ』と言う。その子や孫たちは、それを耳にして育ち、遊びふうにチャリンコと言っていたのが、広まったらしい。 ー (朝日新聞 1993年11月17日 朝刊5面 「声」欄 大阪市 洪淳栄 フリーライター)
  •   ■日本で作られた名前である「自転車」が韓国で用いられ、「チャジャンゴ」という読みになり、それが日本に逆輸入されて「チャリンコ」となったらしい。 ー (大野敏明「日本語と韓国語」, 2002年3月)
  •   ■上記と同様内容。 ー (呉 智英「言葉の煎じ薬」, 2010年6月)
  •   ■上記と同様内容。 ー (高島俊男『お言葉ですが…〈別巻4〉ことばと文字と文章と」, 2011年9月

 ヨーロッパの中北部は、とても身長が高いことで知られています。日本の平均身長は、男性なら172cm、女性なら159cmほどですが、たとえばオランダやデンマークなどでは、男性平均身長はおよそ182cmです。そんな(男性の)平均身長が180cmを遙かに超えるような国に行くと「小便」をする大変さに悩まされます。…どういうことかというと、男子トイレに入っても壁に並ぶ小便器の位置が高すぎて、それらは小便器ならぬ単なるオブジェにしかならず、結局のところ数少ない個室トイレを使うしかないからです。

 たとえば、右の写真は(男性平均身長がおよそ182cm強の)オランダのトイレで撮影した写真ですが、後ろの便器の縁(ふち)が、私の腰の高さにあることがわかります。私の身長は163cmほどなので、この小便器(の受け口)高さは約70〜80cmくらいの高さに位置する、ということになります。…この高さの小便器に放水するのは実質不可能に近いので、こういう高身長エリアでは泣く泣く個室トイレを使うことになる…というわけです。

 そういう国に比べると、日本は実に低身長男性(の小便)に優しいバリアフリー国家です。なぜかというと、日本では、かつては「高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる 特定建築物の建築の促進に関する法律(ハートビル法)」により、そして現在では「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」(バリアフリー新法)」により、小便受け口の高さが 35cm以下(低リップ)の壁備え付け小便器を少なくとも建物にひとつ以上・できれば各階にひとつ以上備え付けるようにすることが、( 多数の人が利用する建物では少なくとも努力義務として、また大規模であれば義務として)定められているからです。

高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律施行令(平成十八年十二月八日政令第三百七十九号)

第十四条  不特定かつ多数の者が利用し、又は主として高齢者、障害者等が利用する便所を設ける場合には、そのうち一以上(男子用及び女子用の区別があるときは、それぞれ一以上)は、次に掲げるものでなければならない。

2  不特定かつ多数の者が利用し、又は主として高齢者、障害者等が利用する男子用小便器のある便所を設ける場合には、そのうち一以上に、床置式の小便器、壁掛式の小便器(受け口の高さが三十五センチメートル以下のものに限る。)その他これらに類する小便器を一以上設けなければならない。

 受け口が35cmの小便器ともなると…身長80cmくらいの男子なら誰でも使うことができます(たとえば右上の写真であれば、わたしの膝より遙か下の高さです)。つまり「立っておしっこができるようになった男子なら誰もが使うことができる小便器」です。そんな小便器を(限られた人だけが使うわけじゃない)不特定多数の人が行く可能性のある建物にもれなく保証しようとする日本は、「世界一の小便バリアフリー王国」かもしれません。日本が誇るべきことのひとつに、「安全と水がタダ」という(かつての)鉄板ネタだけでなく、「低身長男性向け小便器もタダ」ということがあるのかもしれない…と思います。