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 “青い”静脈、実は“灰色” 目の錯覚と確認 という研究報告を紹介した記事があります。研究報告の内容は「腕などで青く見えている静脈の色は実際は灰色なんだけど、周りの肌の色と比較すると青いので、相対的に青く見える」というものです。人間が色を認識する時には(測定機器でも同様ですが)、眺める領域の周囲を基準にした色の認知を行うことで、色の恒常性を得たり(照明光の補正を行ったり)します。だから、肌の上から見た静脈が周囲の肌より「青く」見えれば、静脈は青く見えるわけです。

 …しかし、そもそも「赤い血」が流れてるはずの静脈がなぜ「青く」見えるのでしょう?青い静脈(専門用語では”blue pipe”)に流れているのは赤い血のはずで、皮膚の上から見たとき、皮膚の色に静脈の色が重なって見えるとしたら、「皮膚の上から見た静脈部分」は周りの皮膚よりも赤く見えそうです。そうだったとするならば、静脈は周りの皮膚より「赤く」見えそうなものです。…一体、どうして「赤い血」が流れてるはずの静脈が「青く」見えるのでしょうか?

 赤い血が流れているはずの血管が青く見える理由は、「青筋を立てる」という言葉で表されるように、皮膚上から見た血管は(周りの色と比べると)青色に見えます。動脈は比較的体の奥にあるので、肌表面に近い部分にある血管の多くは静脈です。動脈中の血液に含まれる(酸素と結合した)酸化ヘモグロビンほどは赤くないですが、酸素を供給した後に静脈を流れる血液中の(酸素と結合していない)還元ヘモグロビンは暗赤色になります。たとえば、右写真 – wisdom96.exblog.jp – は、左が還元ヘモグロビンで、右が酸化ヘモグロビンです。ヘモグロビンは還元されて酸素を手放すと、かなり暗い赤色に変わります。…けれど、やはり「赤い」ことには変わりがありません。

「皮膚部分の色は、主に皮膚にに含まれるメラニンと毛細血管に含まれるヘモグロビンで決まります。一方、静脈自体の色は還元ヘモグロビンの色で決まります。静脈は「皮膚の下にある」わけですから、皮膚の上から見た静脈の色は、単純に考えると「皮膚と還元ヘモグロビンの色(吸収)スペクトルの掛け合わせ」のような具合にになりそうに思われるでしょう。だとすると、静脈部分は近傍より(近傍を基準として)赤く見えそうなのに、静脈部分が、なぜ相対的に「青く」見えるのか?と不思議に感じられるのではないでしょうか。

 赤い血が流れる静脈が(静脈が無い周囲の部分よりも)青く見える理由は、皮膚の中に入った光の動きを計算してみるとわかります。下画像は、白色光が皮膚表面から体内に入射してきた際、光の色(波長)ごとにどのような違いがあるかを、たとえば、赤色光と青色光の軌跡例で図示してみたものです*。皮膚上部から皮膚内に入射した白色光があったとき(図示されてる白線です)、その中に含まれる青色の光は皮膚内で(短波長の光は散乱しやすいので)すぐに散乱して(方向を変え続け)、すぐに皮膚表面から皮膚の外へ出て行ってしまいます(ランダムウォークの激しい例ですね)。

 その一方、赤色の光は(比較的散乱もしにくく、メラニンや皮膚内の毛細血管中のヘモグロビンによる色吸収も少ないため)皮膚内奥部まで侵入し、皮膚の内奥部を長くさまよってから(ようやく)皮膚の外へ出ていきます。ちょうど、透き通ったものの中では遠くまで見渡すことができるのと同じように、かなり奥まで赤色光は届きます。かなり奥までさまよった後に、赤色光は皮膚の外へまた出てくるわけです。

 このように「青色光は皮膚内部にはほとんど侵入しない」ので、皮膚表面から1ミリ程度離れた内奥部にある太い静脈部分までは、実はあまり届きません。だから、皮膚の下に静脈があろうとなかろうと、同じくらいの強さの(青色の)光が返ってきます。
 けれど、波長が長い赤色光は皮膚奥部まで侵入します。ということは、皮膚下部に静脈が流れる部分では、赤色光は静脈に到達して(還元ヘモグロビンが暗赤色であるといっても、赤色は多少なりとも吸収されますから)静脈中で赤色光の量はある程度減衰してしまいます。そうして、赤色光の強さが弱まった後、ようやく赤色光は皮膚表面から外へと出てくるわけです。
 その結果、「皮膚下部に静脈がある箇所の色」と「周囲の皮膚部分の色」を比べると、「皮膚下部に静脈がある箇所の色」は(周囲に比べると)青色光の強さは他の部分と同じくらい強く返ってくるのに、赤色の光は周囲よりも少ない量しか返ってこない…というわけで、「(近傍周囲と比較すると)皮膚の上から見た静脈が青色がかる」ということになります。ちなみに、実際に実験してみたようすが『肌色絵の具と赤ボールペンで、「赤い血が流れる静脈が青く見える理由を実感してみよう!』にありますので、こちらも参考にすると面白いと思います。

 というわけで、納得したい人向けの、「赤い血」が流れてるはずの静脈が「青く」見える理由を書いてみました。…ちなみに、赤色光よりさらに波長が長い近赤外線で皮膚を眺めてみると、右画像のように、(可視光ではぼんやりとしか見えなくても)皮膚内部にある静脈が(黒く浮き出て)まるわかり!に見えます。こうした静脈パターンは人それぞれ違うので、人の認証システムに使われたりします。皮膚に入ったらすぐに散乱して外に出てしまう青色の光では、こんな風に皮膚内部の血管を自由に眺めることはできないわけですね。

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*計算・図示には、Mathematicaで作成されたモンテカルロ法の色計算ライブラリを用いています。