雑学界の権威・平林純の考える科学

 名画の中には、描かれるものの配置が計算し尽くされたかのように見えるものが数多くあります。たとえば、右のフェルメールが描いた油絵 “Die Malkunst” は、画の中に描かれたものすべてが、補助線を引いてみると見事に黄金比(黄金率)に沿っていることがわかります(左図:黄金比配置を示した補助線テンプレート、右図:フェルメール “Die Malkunst”)。黄金比というのは、1:(1+√5)/2という比率で、この比に沿う配置は安定感や美しさを強く感じさせることが知られています。フェルメールの “Die Malkunst”は、部屋を飾るカーテン、描かれた女性、画家の体や腕が、すべて美しく黄金比にもとづく配置になっています。

 計算され尽くした「名画」は、過去の芸術の中にだけ存在するわけではありません。たとえば、私たちが毎日使うPCにインストールされているマイクロソフトOfficeの中にある、クリップアート画像の数々も、よくよく眺めてみると黄金比に忠実に沿った配置にされていたりします(右図)。海に走る波、波に乗るサーファー、背景に広がる岩場…画像中の素材が綺麗に黄金比に沿った配置になっています。あるいは、青空を背景に立つ鉄骨と、空中を走るローラーコースターが、見事に黄金比に沿った配置となっていることがわかります。

 

 何気なく使うOfficeクリップアートも、数々の名画と同じように、実は計算し尽くされた配置になっていたりします。…そんなことを考えながらOfficeクリップアートを眺めてみれば、Officeでの資料作りも「世界の美術館巡り」に思えてくるかもしれません。

 冬の白銀の世界は、美しいと同時に厳しく恐ろしい存在です。 たとえば、ほんの少し吹雪くだけで視界を失ってしまい、全く方向がわからなくなったりします。

 吹雪くとき…つまり雪が降り・風が吹く時の視界=視程は、(実験的に求められた)このような式で表すことができます*。

 視程(m)=10^(-0.886 Log[飛雪空間密度(g/m^3) 速度(m/s)] + 2.648)
上式でとても興味深いのは、視界(視程)が「1立方メートルあたりに存在する雪の重量(飛雪空間密度)」と同じくらい「雪の速度」に影響を受ける、ということです。 つまり、たとえば風速(雪を動かす風)が2倍増すと、あたかも目の前を舞う雪の量が2倍増えたのと同じ影響がある、ということになります。下の2枚のグラフは、

  • 左:雪が秒速35cmで降っているとき、雪の量が変わると視界がどうなるか
  • 右:雪が1立方メートルあたり1g存在するとき、雪の速度が変わると視界がどうなるか
を示したものです。雪粒子の量が増えると視界は悪くなるのは当然ですが、雪粒子が早く動くようになると、それでも同じように目の前の視界が失われてしまうことがわかります。

 

 しんしんと静かに美しく降る粉雪も、ほんの少しの風が吹き始めただけで、視界を失わせる吹雪へと姿を変えてしまいます。吹雪中での視界距離の式を見ると、雪を舞わせる風の怖さを実感するのではないでしょうか。


*吹雪時に人間が感じる視程と視程計や吹雪計による計測値との関係(武知ら)

 今年の箱根駅伝は、選手が低体温症・脱水症状になり2チームが途中棄権しました。 寒い冬の強風は、痩せ型の長距離タイプの陸上選手には辛いだろう…と思います。

 体からの放熱量は(走る速度と風速で決まる)空気に対する速度の1乗弱に比例し、体の表面積や体温と気温の差に比例します。 一方、ランニングをするとき体内で発生する熱量は、走る速度と体重に比例します。 ここで、身長が同じ場合には体の表面積は(おおよそ)体重の0.43乗に比例するという関係を使うと(体脂肪の有無による熱伝達係数の違いなどを無視すると)、体内外の熱収支を決める発熱量と放熱熱量は、

 発熱量∝走る速度×体重
 放熱量∝走る速度(走る速度と風速の合成速度) × 体重^0.43 ×(体温と気温の差)

という式で表されることになります。 発熱量は体重の1乗に比例し・放熱量は体重の0.4乗に比例…ということは、(同じ体重で)体重が増えると発熱量の方が放熱量より遙かに多いけれど、体重が少ない痩せ型にとってはそうでない、ということになります。

 たとえば、右のグラフは、(身長が同じ場合の)体重の大小による「体内での発熱量」「体から外部に奪われる熱量」の関係を図示したものです。 このグラフからわかるのは、箱根駅伝(陸上長距離)に向いた痩せ型の人(体重が軽い人)は、発熱量より放熱量が多くなってしまいがちだということです。 つまり、寒く(体温より気温が低く)・風が強い日は、痩せ型の人は、運動をしても体温が下がってしまいがちなのです。

 痩せた人は、水の中で泳いでいるとすぐに体温が下がりがちだったり、エアコンで冷やされた部屋にいると寒くて凍えそうになったりします。 その逆に、太った人は汗をかきがちで、暑さにとても弱かったりします。

 体重と発熱・放熱量の関係を眺めれば、冬の強風時に途中棄権が生まれてしまうのも、必然だと思えてくるのではないでしょうか。