雑学界の権威・平林純の考える科学

 東京電力福島第1原発の原子炉建屋に地下水が流入するのを防ぐために設置する「凍土遮水壁」に国費投入という記事を読み、凍土遮水壁を維持するために、一体どのくらいお金がかかるのかを知りたくなりました。そこで、今回は、地面の中に凍った土の壁を維持するための電気料金計算をしてみようと思います。

 右上の画像は、地面の中に設置された「凍土遮水壁」周りの温度分布を(とても大雑把に)計算してみたものです。これは、地面を5m刻みで分割して、たとえば地下10mくらいの場所は定常的に15℃くらいに保たれていて…といった境界条件から、温度分布の定常状態を計算してみたものです。

 すると、「凍土遮水壁」周りでは、1m毎に温度が約1℃変わるといった状態になり、凍土の熱伝導率を(氷と同じ)2.2 (W/m・K)とすると、壁の表面積1平方メートルあたり2.2Wの熱量が凍土遮水壁から出て行くことになる…といった計算を、約1400m×600mの区画を30mの深さまでの「壁」で囲うことを前提に行うと、全体で52万8千ワットが必要になるという計算になります。そして、東京電力の従量電灯B契約を見ると、1000Whあたり20円くらいです。そこで、1000Whあたり20円の代金で、52万8千ワットが1日24時間1年365日をまかなうために必要な電気代は、1年あたり(とても大雑把に)約30億円です。

 「凍土遮水壁」の維持費用は年間30億円、10年で300億円ナリ…。この金額、あなたなら安いと考えるでしょうか?それとも高いと感じるでしょうか?

 コーラや醤油は、おそらく、多くの人の台所にあると思います。台所の調味料入れに醤油瓶が並んでいたり、あるいは、冷蔵庫のドアを開ければコーラが入っていたりするものです。そんな、どこの家にもあるコーラも醤油は、見た目は「黒く不透明な液体」です。コーラや醤油を透明なガラスコップに入れてみれば、ガラスコップの向こう側は、コップの中にある醤油やコーラに遮られて、見ることができません。

 たとえば、右の写真は、コーラをグラスに入れてみたところを撮影したものです。…やはり、グラスの向こう側はコーラに遮られて、全く見ることができません。しかし、実は、私たちが目で見ることができる光(=可視光)で黒く見えるコーラや醤油も、赤外線で眺めると、とても透明な姿に変わります。

 2枚目の写真は、同じグラスを、赤外線で撮影してみたものです。グラスに入っているコーラが驚くほど透明で、グラスの向こう側が、本当に綺麗に透けて見えることがわかります。「透明なクリアコーラタブクリア」が発売されたこともありますが、わざわざ特別なコーラを作らずとも、普通の(可視光では)真っ黒に見えるコーラも、赤外線の目で眺めて見さえすれば、クリアな透明コーラに変身するのです。

 こんな風に、可視光では色が濃く・不透明なものも、赤外線で眺めてみると色が消え・透明に見えるモノが意外に多かったりします。もちろん、私たちが目にすることができる可視光を遮るのと同じように赤外線も遮り、赤外線でも不透明になるものもあります。その逆に、可視光では透けて見えるのに、赤外線では不透明に見えてしまうものもあります(参考:赤外線で体中の血管を浮かび上がらせてみよう!)。

 ケータイやスマートホンなどでも工夫をすると、赤外線で眺めた風景を撮影できたりします(参考:iPhone 4を「赤外線カメラ」にする「裏」技テクニック)。可視光で見える風景と、赤外線が映る目で見える景色とを見比べてみれば、想像とは全然違う姿が見えてきたりして、とても面白いかもしれませんね。

 「歩くべき or 走るべき?の境界線」は時速8kmだ!で、「人が歩いたり走ったりする時の、移動速度(km/h)と体重あたり酸素消費量(ml / kg / min)」データを眺め、時速8km程度までは歩く方が楽だけど、それより速く移動しようとすると走った方が良い!という「”歩く”と”走る”の境界線」を学びました。…今回は、「歩く」と「走る」の境目を、別の視点、簡単な物理モデルを使った解析解から考えてみようと思います。

 歩く時の人の動きを考えてみると、(右に貼り付けた図のように)人の腰は上下動を繰り返します。そして、腰が描く軌跡は「足を半径とする円弧を連ねた形」です。片足だけが地面に着いてる間は、その片足を半径として描かれる円弧に沿って腰が動き、もう一方の足が地面に着いた瞬間に、足を着いたことで大きく衝撃を受け・体の動きが変わり・(その足を半径として)次の円弧に沿って体は動いていきます。

 この(歩いている)人に働く力・加速度を考えてみると、まず足を着いた瞬間には下から突き上げる力・加速度を受け、それまで下向きに動いてた体の動きが、上向きへと方向を変えます。そして、それ以降の円弧状の動きをする時には、体は遠心力を受けることになります。ちなみに、腰の高さが一番高くなっている瞬間は、「人が進む方向」と「円弧状での向き」が一致するので、 体が受ける遠心力の加速度は(上向きに)「歩く速さの2乗 / 足の長さ」になります。

 そこで、この式を使って、およそ足の長さが80cmくらいだとして、「歩く速さ」に応じて「(歩行中に人が受ける)上向き加速度の最大値」をプロットしてみると、右のグラフのようになります。単純に言ってしまえば、歩く(進む)速さが速くなれば、それに応じて上向き最大加速度も大きくなるということですが、実はもっと興味深いことが見てとれます。それは、進む速さが時速10km程度になると、上向き最大加速度が「(私たちを地面に縛り付けている)重力加速度=9.8m/s^2」よりも大きくなってしまう!ということです。…つまり、私たちが時速10km程度で歩こうとしても、足が伸びきった瞬間に私たちの体は浮かび上がってしまう=走り出してしまう、ということがわかります。体のサイズ等で多少前後しますが、時速10km程度になると、”歩くという動き”が自然にはできなくなってしまうのです。

 すると、以前の話、時速8km程度までは歩く方が楽だけど、それより速く移動しようとすると走った方が良い!という「”歩く”と”走る”の境界線」が実に納得できます。その程度の速さまでは「歩く」ということができるけれど、もっと速く走ろうとすると「自然には不可能だから、少し無理のある動き・工夫した動き」をしなければならなくて、そのため「歩く」より(自然にまかせて、体を浮かび上がらせて)「走る」方が楽になる…という理屈だと考えると、とても自然に納得できます。

 もしも「歩くべきか、それとも、走るべきか…?」と優柔不断なハムレットが悩んでいたとしたら、「それはキミ、歩くと走るの境界線は時速8〜10kmだよ。もし、キミの足が普通よりずいぶん短ければ、たとえばドラえもん的に短ければ、もっと遅い速さでも走らないとダメだけどね!」と教えてあげれば良いわけです。