雑学界の権威・平林純の考える科学

 「ガリヴァー旅行記」は、1726年にジョナサン・スウィフトが書いた有名な風刺小説です。 ストーリーは、みなさんご存じのように、船医ガリバーが身長が小さな人たちの国(リリパット国・ブレフスキュ国)に行ったり、巨人の国に行ったり、空飛ぶ島「ラピュタ島」や馬の国や…そして日本に!行ったりする、という話です。

 このガリヴァー旅行記に由来する、ある有名なコンピュータ用語があるのをご存じでしょうか?

 それは、「ビッグエンディアン」「リトルエンディアン」という「コンピュータ内部での(多バイト)データの並べ順」を表す用語です。「データの上位バイトからメモリに並べるやり方」はビッグエンディアンと呼ばれ、その逆に「下位バイトから並べていくやり方」はリトルエンディアンと呼ばれます。たとえば、インテルx86シリーズのCPUはリトルエンディアンですし、その一方でJava仮想マシンや(AppleのMacがかつて使っていた)モトローラ系CPUはビッグエンディアンで動いています。

 

 ガリバー旅行記の第1エピソードの舞台、身長が小さなリリパット国とブレフスキュ国は戦争を続けています。 そして、その戦いの理由は、リリパット国は「(半茹で)ゆで卵を食べる時は大きい(太った)方の端っこ(=”Big-End”)から割る」やり方を守ろうとしているのに対し、ブレフスキュ国は「小さい(細った)方の端っこ(=”Little-End”)から割る」やり方をしようとしているからなのです。そして、それら2派を、スウィフトは「大きい方の端(=”Big-End”)から割る」”Big-Endian”(大きい端っこ派)と「小さい方の端(=”Little-End”)から割る」”Little-Endian”(小さい方の端っこ派)と書いたのです。

 このガリバー旅行記で登場した「生茹で卵を割る順番」に対する造語「ビッグ・エンディアン(大きい端っこ派)とリトル・エンディアン(小さい方の端っこ派)」が、いつしか、コンピュータの「(多バイト)データの並べ順」を表す言葉として使われるようになりました。コンピュータ内部のメモリ配置の順番を示す用語は、ガリバー旅行記中に由来していたのです。

 ところで、スウィフトが書いた風刺小説「ガリバー旅行記」に登場する「ビッグ・エンディアンとリトル・エンディアン」は、キリスト教のカトリック(旧教)とプロテスタント(新教)を指しています(参考)。つまり、(スウィフトから見れば)「ゆで卵の割り方のような”ささいな違い”」から争いが続いている状況を、スウィフトはガリバー旅行記として風刺していたのです。

 コンピュータの「ビッグ・エンディアンとリトル・エンディアン」も、その違いから、しばしば「間違い」「混乱」「争い」を起こしたりします。…そんな(コンピュータが上手く動かない、という)悩みを抱えた時は、「ガリバー旅行記」のリリパット国とブレフスキュ国を思い出すと、ちょっと気分転換になるかもしれませんね。



参考:
ゆで卵、これが「ベストな剥き方」だ!? 

 夏になると、(赤い日焼けを生じさせる)紫外線が強くなります。紫外線を弱める「上空にあるオゾン」が減るため、体を火傷のように赤く火照らせる紫外線B波(UVB)が一番強くなるのです。だから、紫外線(UVB)の量の目安として気象庁が出すUVインデックスの月推移などを眺めれば、東京近くでは、8月頃にピークを迎えます。

 紫外線(UVB)が強いのは8月頃だとして、それでは紫外線が一番強いのは一体どんな日・条件なのでしょうか?「雲ひとつない晴天の日」と思われる方も多いかもしれませんが、実は紫外線(UVB)が一番強くなるのは「薄曇りの日に、ポッカリ空いた雲の隙間から太陽が照らしている時」です。晴れた日より、雲の合間から太陽が地上(あなた)を照らしている日の方が、数十パーセント近く紫外線量が多いのです。

 雲に遮られると、紫外線(UVB)の量は数十パーセント以下になってしまいます。しかし、そんな雲がある時でも、雲の合間から太陽が丸々顔を出していたら、どういうことが起きるでしょう?

 まず、太陽はあなたを直接照らしていますから、晴天の日と同じ程度の紫外線量が太陽から直接あなたにあたります。さらに、それに加えて、雲が反射・散乱した紫外線が(本来あなたに向かうはずでなかったはずの紫外線が)、方向を変えてあなたに向かってくるのです。

 雲で反射・散乱する紫外線の量はどのくらいになるかは、簡単な概算をしてみればわかります。 もしも雲がどの方向にも等しい量で(等方的に)紫外線を反射・散乱しているとすると、あなたに空にある雲全体から降り注ぐ紫外線量は、「雲が透過させる紫外線量」と同じになります。なぜかというと、雲は「雲が透過させる紫外線量」を「ありとあらゆる方向に」バラまきます。そして、あなたからの周りには(太陽の方向以外の)ありとあらゆる方向に雲があるため、雲が周りに全方向にばらまく紫外線をあなたは全方向から受け取ることになります。だから、ほぼ全周囲からとりまく雲からの紫外線量を積分すれば(足し合わせれば)結局のところ雲が透過させる紫外線量があなたにあたる、ということになるのです。

 その結果、太陽から直接あなたに向かう(晴天時を基準にすると)100パーセントの紫外線に加え、周りの雲で反射・散乱された紫外線分の数十パーセントが上乗せされ、晴れた日より数割以上強い紫外線量になるのです(たとえば、下の参考文献の論文”Effects of clouds and haze on UV-B radiation”では、曇の隙間から太陽がのぞいている時は、晴天時に比較して30パーセント近く紫外線(UVB)が強かったという測定結果になっています)。

 「曇っている日は紫外線対策をしなくて済む」と思っていると、恐ろしいことになるかもしれません。紫外線は「雲の合間から日が照らす時」が一番強烈なのです。


参考文献:
“Effects of clouds and haze on UV-B radiation” J.G. Estupinan and S. Raman
オゾン層等の監視結果に関する年次報告書 環境省

 京都にある古くからの家の作り、京町家には「居住スペース」の両側に庭があり、その片側の庭にだけ打ち水をすると、暑いままの庭に上昇気流が発生し、水を打った冷やされた庭から涼しい風が座敷を貫通し流れていく、という話があります。

 古くから続く京都の町家は、まさにウナギの寝床のようで、入り口から最奥部の坪庭まで部屋と通路が真っ直ぐ続きます。居住空間を囲む両側に、交互に水を撒くことで(水を撒いた側の)地面とその上にある空気を冷やすだけでなく、温度差を作り・空気の密度差を作り、結果として、家の中を心地良く吹く風の流れを作る…というのです。

京町家模型で確かめる打ち水の科学

 ためしに京町屋の中にある「庭」に水を撒いたとき、家の中を吹き抜ける風の動きを試算してみると、およそ秒速0.5メートルくらいの「かすかな風」が吹きそう、というようになります。

 坪庭は高い壁に覆われています。その壁の高さは4mとしましょう。そして、水を撒くことで、(高さ4mの)坪庭内の気温が2度(外気より)下がったものとします。少しひんやりした坪庭は、坪庭最下部横から(居住空間を介して)暑い外へと空気が通り抜けることができるとします。すると、坪庭内と外部との圧力差で生じる風速はおよそ0.5m/s強、となります。

「打ち水で京町屋を通り抜ける風の速さ」を計算しよう!

 しかし、水を撒く場所を、「(壁に囲まれた)家にある中庭」でなく「家の前の路地」に巻いたような場合、冷えた重い空気は家の中に吹き込むことなく、ただ通りに沿って他の場所に流れてしまいます。

 そこで、もう一度「京町家模型で確かめる打ち水の科学」で引用した文章を読み直してみると、「居室空間の両側に庭があることが、打ち水には大切な要件だ」と書いてあります。なるほど、水を撒くのは、家の前の路地ではなく、居住空間を挟む「(高い壁に囲まれた)庭」だった、というわけで、この「打ち水のキマリ」とても納得できる話です。

 京町家では居室空間の両側に庭がある。そのことが打ち水には大切な要件だと、ご夫妻(西陣帯地「渡文」当主渡邉夫妻のこと)にお教え頂いた。

京町家模型で確かめる打ち水の科学

 ところで、2つの庭の温度差が生む気圧差によって風を生じさせようとしたならば、「交互に水を撒く」のではなく、いつも片側の庭を「(外気と同じ)灼熱状態」のままにして、もう片側の庭だけを打ち水で冷やしていた方が効率が良いような気もします。ふたつの庭の間を吹き抜ける風の速さは、(その瞬間に気化熱で冷却される熱量ではなく)庭の温度差に依存しますから、交互に冷やしたりせず「熱い」「冷たい」の機能を分離した方が(生じさせる風速に関しては)効率が良くなりそうです。

 …さてさて、暑い夏が「夏真っ盛り」でスタートしました。夏休みの自由研究に「打ち水の科学」を選んで実験・解析をして、あなたの部屋や、あなたの家の前を、あるいは、あなたが暮らす街をちょっと涼しくしてみるのはいかがでしょうか?